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2016年04月号特集

Vol.217 | 学費が払えない学生たち

卒業と同時にかかえる借金、いくらかご存じですか?

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表、言語学者。上智大学言語科学研究科言語学専攻修士。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。


特集イメージ1 春はいろいろと物入りな季節です。学費の支払いは高校までは月ごとかもしれませんが、大学になれば1年分全納、もしくは前期・後期と分納するにせよ、まとまったお金が必要となります。特に進学する子どもが居る場合には、入学準備でさらにお金がかかります。
 我が家も同様。2人の学費に加えて、昨年度からは僕自身が大学へ戻ったこともあり、都合3人分の学費がかかっていました。大学の学費は国公立なら一律年額50万円程度ですが、私立だと文系で年間100万、理系では平均して年間200万程度かかります。たとえば、子ども2人を私立の理系に通わせるとします。理系の場合には、大学院まで進むことが考えられますので、上の子が入学してから下の子が卒業するまでを仮に10年と見積もると、この10年間にトータルで2,400万円がかかることになります。年平均で240万円が税引き後の家計から飛んでいく計算になります。もちろん、これは学費のみの話です。自宅から通学してくれれば助かりますが、それでも通学の交通費や各種書籍費などがかかることになります。一人暮らしをさせて仕送りするとなると、それらに加えて年間140万円ほどはかかるでしょう。
 もっとも、大学生ともなればアルバイトをするのは当たり前。小遣いや生活費の一部をバイト収入で賄うのは一般的です。ところが、これがなかなかそうはいかない。特に理系の学生は研究に時間を取られるので、バイトもままならないことが珍しくありません。数年前に、九州大学の大学院生が学費のために窃盗を繰り返していた事件がありました。もちろん、そんなことが許されるわけはありませんが、今の日本の切実なる学生のあり方の一面を表していることは間違いありません。「学費」、気になるところです。今回は、そのあたりを少し掘り下げて考えて参りましょう。


| 『学歴の値段』

特集イメージ2 昨年たまたま “Ivory Tower -Is College Worth The Cost-” (『学歴の値段』)という映画を見ました。この映画では、アメリカの学資ローンマーケットがクレジットカードのマーケット並みに成長し、一大ビジネスとなっている現実が描かれています。アメリカは日本と違って大学の学費がとにかく高い。年間500万円、4年間で2,000万円ほどは覚悟しなくてはいけません。もちろん給付型の奨学金もありますので、全額を学生やその家族が負担するわけではありませんが、給付型の奨学金以外にも貸与型の奨学金や学資ローンを組むことになります。
貸与型の奨学金には無利息のものもありますが、多くは利息が付くものです。学資ローンも当然有利子です。日本では奨学金で年利3%、学資ローンとなるとそれ以上の金利が設定されています。昨今の低金利時代に、コンスタントに高金利での貸し付けが、お金のことをあまり知らない学生たちに対して行われるのです。
 映画の中では、2,000万円ほどの借金を返せない(元)学生の実態が描かれています。返せなければ、単純な話、金利が膨らむだけ。不動産ローンと違い担保がないので、ずっとこの借金がついて回るのです。
しかも、若年層の雇用は安定せず、学位を取得しても思うように職が得られません。何度か本誌でも触れてきましたが、コンピュータ化により世の中の仕事が減ってきています。正確に言えば、減ってきているというよりも二極化してきているのです。管理職や専門職のような、特殊技能や資本を必要とする仕事は昔からありますが、ここ数十年、中間管理職的仕事が減少していて、比較的人を選ばない低所得の仕事が大きなボリュームを占めるようになりつつあります。
それと同時に、大学生の人数も増えています。すると、以前なら中間管理職につくような高学歴の人たちが、アルバイトと変わらない仕事をすることになるのです。もちろん、思ったような所得が得られません。そこで、「果たして学位はその取得に関わる金員に見合っただけの恩恵をもたらしてくれるのか?」といった疑問が生じるのです。2,000万円もの借金をして得た学位をもってしても、低賃金の仕事しか得られず、結果として借金を返済できない…。アメリカでは、そんなことが現実として問題となっているのです。


| 大丈夫?

特集イメージ3 それでは、本邦ではどのような状況なのでしょう。国税庁民間給与実態統計調査よると、ここ15年で平均給与所得は465万円から415万円に減少しています。これは男女すべての平均で、男女別にすると男性の方が2割方女性より高い所得を得ていますが、夫婦共働きと考えれば単純に2倍すればこれが家庭の収入になります。
年功序列型賃金がまだ機能していた四半世紀前では、平均給与とはだいたい40歳前後での給与と考えて良かったのですが、年功序列型が過去のものとなっている今日では、給与所得は就職時点から緩やかに上昇し、40歳前後でピークを迎え、そこから緩やかに低下していきます。
 また近年急速に晩婚化が進み、20代より30代で子どもを持つことが当たり前となっています。すると子どもは、親が50代の頃に大学へ進学することになります。つまり、平均的な家庭では、給料が低下し始めた頃から最も子どもにお金がかかるようになるのです。
 昭和の時代にはあこがれの的だった大企業が、次々と大規模リストラを迫られる中、今後ますます不安定な時代へと進んでいくことが予想されます。子どもの大学進学を考える場合には、それこそ「我が家では、国公立以外は無理」なら「無理」と、早いうちから子どもに話してあげた方が賢明でしょう。
 国公立大学と私立大学では、受験対策が全く異なります。国公立の場合にはセンターのような一次選抜試験があるので、私立大学の3教科受験のように絞り込んだ勉強法ではなく、それに加えて広く浅い知識も必要となります。高校ではなく中学校からの準備が必要となるので、国公立に限定して進学させる場合には、子どもたちがより低学年の段階で、覚悟を決める必要があるのです。


| 子どもが払う?

特集イメージ4 我が家の倅たちとの雑談の中で、春先になると話題にのぼるのが「だれそれが留年した」件です。1年留年するのを「いちりゅう」と呼ぶらしいですが、どこが一流なのか・・・。ちなみに2年留年することは「にりゅう」と言うようです。(こちらは、人としても二流の入り口かもしれません。)
親は「打ち出の小槌」ではありません。叩けばお金が出てくる、遊ぶ金はくれなくても学費なら出すだろう、などと考えている子が少なくないようですが、全体学費がどれだけの負担になっているかを考えれば、「いちりゅう」やら「にりゅう」にはなれないはずです。子どもたちの自覚のためにも、学費の話は中学生、いや小学生のうちからしておくと良いかもしれません。
さて、そのように子どもたちを留年させるような余裕は無いまでも、4年なり6年なりの学費を親が全面的に負担できれば、これは子どもたちにとっては幸せな話です。しかし、親が負担できない場合には、親が借金することになります。それが叶わない場合には、子どもたち自身が借金をすることになります。果たして、子どもたちはその借金を返済できるのでしょうか?


| 平均初任給は20万

特集イメージ3 先の映画は、アメリカでのお話。日本では学費2,000万円などということはありません。国公立なら学士までで200万円、修士までで300万円。私立大学だと、文系で学士までで300万円、理系の修士までだと数字が飛び上がって、1,000万円程になります。あくまでも学費のみの話なので、同居か一人暮らしかにより、これに数十万円から百数十万円ほど、毎年上乗せすることになります。もちろん、上記の数字に子どもの人数をかけることになるのは言うまでもありません。
 これを、子どもたちが奨学金や学資ローンを組んで返済するということは、現実的にどのようなことなのか見てみましょう。
たとえば、親元を離れて都会の私立大学の文系へ進む場合に、学費と生活費の一部を併せて500万円を年利3%の奨学金として借り入れ、20年で返済すると仮定すると、卒業時の22歳から42歳まで、毎月28,000円を返済し続けることになります。
 皆「卒業したら給料をもらえるから大丈夫」と考えて借り入れるのですが、この返済がどれほどの負担になるのか、ざっと計算してみましょう。 そのためには、卒業した後、一体どれほどの収入が見込めるのかを考えなくてはいけません。
新卒の初任給は、20万円程で推移しています。単純に考えれば、ボーナスがいくらか出たとして年収は300万円程になります。しかし、これはあくまでも平均値です。どちらかと言えば、月額の給与は低い方に集まっていて、10万円から19万円台以下が45%で、20万円代以下にすると75%まで広がります。全体の1割ほどの優秀な子たちであれば、月額25万円~30万円以上取れますが、卒業する大学や学部によっては20万円は取れない場合もあります。仮に20万円取れたとして、手取りは16万円程になります。住む場所にもよりますが、都内なら家賃や水道光熱費、通信費で10万円は掛かるでしょうから、残りの6万円からの28,000円の学費返済は、家計に重くのしかかります。
たいていの場合には、勤務年数により昇給していき大丈夫なのかもしれませんが、年功序列が崩壊して、既述のように40歳を過ぎると昇級しないことも考えられます。さらにこれまた既述の昨今の平均年収の400万円という数字を月額に直せば、ボーナス別で27万、手取りでは23万円ほど。これが30代の給料です。新卒時に比べれば、6万円程手取りは増えますが、やはり毎月の返済額の28,000円は軽い数字ではありません。
しかも、企業によっては、はなから「昇級ゼロ」を謳っているところまである始末。学資ローンの借り入れを起こすのならば、可能であれば、国公立の少しでも良い大学へ進学し、優秀な成績を収め、優良な企業に厚遇で迎えらることを前提にしなくてはいけないのかもしれません。


| 計画第一

特集イメージ4 教育は、不動産に次いでお金のかかる投資です。また、投資の将来における重要性を考えれば、不動産以上に慎重に検討しなくてはいけません。
まずは、親が払えるのかどうか、払えるとすれば、私立大学の理系でも大丈夫なのか、もしくは国公立大学でなければ難しいのか、検証しなくてはいけません。さらに、地元の大学なのか、都会に出すのかによっても数百万単位で変わってきますので慎重な検討が必要です。その上で現実的な受験プランを考えなくてはいけません。その点においては、子どもたちと早い時点から対話する方が賢明でしょう。
 また、大学卒業後の就職のことも考えておかなくてはいけません。万が一自分で学費を借金するようになった場合、子どもたちの所得のレベルが彼らの将来を大きく左右してしまうのです。
繰り返しますが、教育は投資です。教育における投資は早ければ早いほど、少額で大きな利益を上げられます。逆に年齢が上がれば上がるほど、投資額を増やしても思ったような利益、つまり成果をることは難しくなります。たとえば、幼児期ならば4年間で20万円程の投資で「英語には苦労しない」という「利益」を享受できます。わずか20万円です。これが中学生高校生になってからでは、数百万の投資(月謝や授業料)をしても、思うような成果は得られないのです。

 新年度早々、生々しい話で恐縮です。ただ、大学受験や就職は、お子様の将来に必ず訪れる通過点です。そこでどんなことが起こるのかを、早めに知っておき準備することが重要です。「まだ先の話」「そのときはそのとき」と決めつけるのではなく、 “Hope for the best but prepare for the worst.” の精神が重要です。備えあれば憂いなし。万が一、最悪の状況に備えておけば、そのときになって慌てることもないでしょう。
 と、ここまで書いて一息ついていたところ、「安倍首相が給付型奨学金創設の考え」のニュースを目にしました。併せて無利子の貸与型枠を拡充するとか。結構なことです。日本学生支援機構によれば、現在同機構の奨学金制度の利用者は134万人。短大、学部、院や専修学校などの学生がざっと350万人ほど居るので、随分な割合の学生が既に借金を背負っているようです。これは同機構の利用者のみの数ですので、日本政策金融公庫をはじめとした金融機関からの貸し付けを受けている学生を併せれば相当数の学生が有利子の貸与を受けているのです。
給付型を新設するのと同時に、貸与型はせめて無利子にして欲しいものです。無利子が無理でも、教育ローンの利息は年利3%以上が当たり前の世界です。一般的な事業資金の借り入れでも2%未満ですので、無知な学生を食い物にしているというイメージを受けてしまうのは僕だけではないでしょう。今後若者は国の宝ですし、教育は国の根幹事業ですので、教育支援が少しでも充実していくのを願うばかりです。


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引用・転載元:
http://palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1604/
船津洋『学費が払えない学生たち』(株式会社 児童英語研究所、2016年)

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