パルキッズ通信 特集 | かけ流し, アウトプット, 大量インプット, 言語学, 言語獲得
2022年12月号特集
Vol.297 | 幼児英語がインプット中心であるべきたったひとつの理由
Heritage Language(継承語)としての英語力が「知覚」の問題を解決
written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)
※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。
引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-2212/
船津洋『幼児英語がインプット中心であるべきたったひとつの理由』(株式会社 児童英語研究所、2022年)
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かけ流ししかしていないからダメ?!
なかなか先が見えない英語学習。
これは、「パルキッズ」のことを言っているわけではありません。日本における(ほぼ)すべての英語学習がこれに該当します。日本では、変則英語(文法訳読による教授法。『パルキッズ通信2022年10月号』参照)が主流ですが、その変則英語では10年、20年と頑張っても、留学生なら1年そこそこで取得できる英検準1級すら取れません。
それどころか、海外旅行先での定型のやりとりにすら苦労する始末。
ビジネスマン然り、学者も然り、彼らは彼らの専門に関わることなら英語でもわかります。しかし、日常会話一般となると、なかなか厄介です。バリバリ働くビジネスマンや、学者先生ですら難しい日常会話程度のレベルに必要な英語力を、我々凡人たちがマスターすることなど夢のまた夢と感じてしまうのも必定でしょう。
いやいや、しかし、それは事実とは異なります。
実は、英語など誰にでも身につけられるのです。日本語を身につけた我々であれば、英語を身につけることはできます。もちろん、程度の差はありますが、明瞭性(ネイティブ聴者への伝わりやすさ)が高い英語力は、やり方次第で身につけることは可能です。
実際に、大人でもできるのです。
大人の英語の話に関心のある方もいらっしゃるでしょう。でもまぁ、大人の英語の話は別の機会に譲ることにして、今回は子どもの英語の話に専念することにしましょう。
「パルキッズ」に取り組まれていらっしゃる皆様の中には「うちはかけ流ししかできてないから…」に始まって、刹那的に「やはり英会話かしら」というようなご家庭もあるようです。あるいは絶望感から「もうやらない」となるご家庭も残念ながら無いとは申しません。
ところで、「うちはかけ流ししかできていないから」というのは、何を含意するのでしょうか。
インプットだけじゃダメ、あるいは、インプットだけでもやらないよりはマシ、ということでしょうか?
皆様は「パルキッズ」に辿り着き、実際に取り組まれているわけですから、「パルキッズ」の仕組みは理解して取り組んでいらっしゃることでしょう。しかし、一度仕組みを理解して「パルキッズ」をスタートしても、反応の薄い我が子を見るにつれ、見た目が派手な「アウトプット」や、評価が楽な「変則英語」へと心がさすらってゆくのです。
アウトプットの大合唱から文法訳読へ祖先帰り
情けない話ですが、学校英語も今日では「アウトプット」の大合唱。大学入試でもライティングとスピーキングが課されるとか。さだまさし氏ではありませんが「おまえ大丈夫かとおでこに手を当て」たくなるような有様です。
英語科でもない限り、通常の大学入試の英語なら、リーディングとリスニングの知覚能力の試験だけで、かなり高い精度で受験生の英語力測定が可能です。そこに、スピーキングとライティングを足しても、結果は大して変わらない、あるいは留学生や帰国子女に有利になるだけのような気がするのは、僕だけでしょうか。
後述しますが、言語学の世界には “Perception before Production” という考え方が、ずいぶん古くから存在しています。少しでも言語学をかじったことのある人なら知っている概念です。つまり、まず「知覚」が先で、その後に「産出」。言い換えれば「読んだり聞いたりして理解する」ことが先で、その能力を身につけると(/た後に)「書いたり話したりする」能力が追いついてくるという考え方です。
これは、極めて常識的、というか直感的なロジックでしょう。未知の言語を、正しい音声も知らずに闇雲に喋ってみても、その言語を身につけることはできないと考えるのが普通だと思います。
それが、我が国では英語の正しい音声を知ることなく、いや音声だけではなく英語と日本語間の音節構造や韻律体系の違いを知ることなく、またそれらの差異によって引き起こされる学習における様々な障害について説明を受けることも、教わることもなく、闇雲に「話せば分かる式」の学習法へのシフトが、現在着々と進んでいるのです。
どうなることやら…。おそらくしばらくしたら「やっぱ、スピーキングとライティングはいらん」となるのかも…。現場の先生方や学生たちのことをもう少し考えてほしいものです。
前節の疑問に話を戻します。「かけ流ししかできていない」とは何を意味するのでしょうか。
簡単な話です。「かけ流しができている」のであれば「インプットができている」のです。そして、「インプットができている」のであれば「英語の学習は進んでいる」のです。しかし、残念なことにその学習は潜在的に行われているのです。つまり、学習している当の本人も学習が進んでいることに気づかない。
「英語が分かる ≠ 英語で喋れる」
「英語が分かる」ということは「英語を喋る」ということだと、漠然と感じている親御さんにとっては、お子さんが英語を話してくれない限り英語学習が進んでいることは分からないのでしょう。
そして、せっかくの正則英語(インプットから言葉を身につけさせるイマージョンや留学のような英語教育)を投げ捨てて、再び変則英語、つまり学校英語に代表される「単語を覚え、文法に当てはめる」式の学習に戻ってしまうことすらあるのですから、残念でなりません。
インプットだけで良い、とは言いません。しかし、インプットをなおざりにしてアウトプットをいくら積み上げても、英語は身につかないということは断言できます。そして、インプットが充実して英語の知覚ができるようになったら、そこからはどんどんアウトプットすることで英語の産出能力を高められることも請け負います。
そして、ここまでで、いわゆる生活言語としての英語が完結するわけです。
繰り返しますが、聞き取れるようになってから、発音するのです。この逆ではありません。
(注 : 大人の場合には、正しい発音を知ることで聞き取り能力が向上することもあります。しかし、これはあくまでも大人の話。幼児期には、まずはインプットに専念して英語の知覚力を育むことが大切なのです。)
そして、その知覚力を育むインプットを担保できるのは日々の「かけ流し」だけです。「かけ流ししか」ではなく「かけ流しだけ」で学習は進むのです。
(さらに注 : さらに効率よく学習を進めるために、絵本「ICanRead!」や単語学習「DoTheFUN単語」を加えた方が良いことは言うまでもありません。)
継承語学習者 (Heritage Learner)って?
幼児期にきちんとインプットして、オンラインレッスンや絵本の暗唱に取り組み、英語の知覚力が育ったら、あとはスラスラと読んで理解できるような読解力を育てる。これが「バルキッズ」学習のスタンダードで、ゴールとしては小学生のうちに英検準2級取得を想定しています。
幼児期に「パルキッズ」をスタートできて小学生で英検準2級をクリアできれば、中学のうちに準1級に手が届くので、英語に関してはとりあえず十分満足でしょう。「パルキッズ」の開始時期によって、3歳くらいまでのスタートなら ‘Sequential Bilingual’ とか、6歳くらいまでに開始できれば ‘Early (L2) Learner’ と呼べることは、すでに『パルキッズ通信2022年1月号』に書いていますので、詳しくはそちらをご参照ください。
と、こうすんなりといけば良いのですが、上に書いたように、学習は進んでいるのに「何か上手く行っていない」と感じてしまうケースもあるわけです。ここでは、ひとつ、継承語(Heritage Language)という概念を持ち出すことにして、皆さんの不安の払拭を試みることにします。
移民の問題。日本にも確かに移民の日本語教育問題は存在するのですが、それが危機感を持って広く世間に認識されることはありません。割合として移民が少ないので、あまり見かけることがなく、移民に対する実感を持ちにくいことも原因でしょう。
ところが、「移民の国アメリカ」では、どこもかしこも移民だらけ。そもそもメジョリティーを占めるコケージャン(Caucasian、コーカソイド)とて、元を正せば移民なんですから、とにかく「移民の国」なわけです。
そこで問題となるのが英語力。英語に外国語訛りのアクセントがあると差別(少なくとも区別)されたり、差別された者が固まってマージナライズ(周縁化)してエスニックな集団を形成したりと、善悪は別としてそんなことが日常的に起こっています。
移民からすれば、出自のアイデンティティーを、また故郷に親兄弟や友人に対する懐かしさや望郷の思いを持っているのは自然なことです。他方で、生活の基盤はアメリカにあるのだから、英語が必要。しかも、差別(/区別)されないために、できるだけ、いわゆるネイティブに近い発音を身につける必要(/欲求)に迫られます。
本邦とは異なり彼の国では、就業に際してのレジメに性別、年齢あるいはエスニッシティを書く必要はないという話をどこかで読んだことがあります。それほどに、「平等」というものが強く建前として存在しているわけです。それにも関わらず、実際には見た目や、訛りでずいぶんと違う扱いを受けるので、その度に閉口しますが…。閑話休題。
そのようなお国柄を反映して、社会学から社会言語学が広く行われているアメリカにおいては、継承語に関しての研究も盛んです。
つまり、日常的に英語を話す移民の子どもたちが、移民する前に話していた「お国言葉」を覚えているのかいないのか、その辺りを研究するわけです。もちろん、移民後も家庭内では「お国言葉」で、一歩外へ出ると英語、というバイリンガルもいます。他方で、ほとんど「お国言葉」を失ってしまった子たちもいるわけです。そして、そのような「失われた言語」のことを「継承語(Heritage Language)」と呼び、大学などで継承語を再び学ぶ人たちを、継承語学習者と呼ぶのだそうです。
継承語学習者には2種類ある
上に、移民にも家庭内と社会において言語を使い分けるバイリンガルもいると書きましたが、継承語とは失われてしまった(あるいは表面的には喪失されたように見える)、日常的な使用には耐えないレベルの未発達な言語ということになります。
父母共に英語に堪能であり、日本語がある程度以上に確立する小学校低学年以前に移住すれば、そんな子にとっての日本語は継承語となるのは致し方ありません。
学生時代に短い期間西海岸に住んでいたことがありますが、そこではレストランなどでそのようなご家族を何度か見かけた記憶があります。つまり、ご両親は日本語で会話しており、どう見ても日本人のやり方とは思えないお化粧をした高校生らしきお嬢さんは一人英語で話しかける、するとご両親は英語で答えるといった絵です。
余談ですが、この逆のパターンは日本国内で多く見られます。
アメリカなどの海外で幼児期を過ごし、現地では日本語と英語のバイリンガル生活を送っていたものの、日本に帰ってくると英語をすっかり忘れてしまう、というケースです。
僕自身、小学生時分の仲の良い友人の一人にそのような子がいましたし、弊社でもそのような子女の英語教育に関する問い合わせを受けることがあります。
彼らに共通しているのは、幼児期、あるいは遅くても小学校低学年までに日本に戻っている点です。察するに、英語の読み書きができない段階で帰国したことが、彼らの英語の記憶の喪失に何らかの影響を与えているのではないかと思います。
いずれにしても、アメリカでは継承語に関する研究があり、そこでは新規でその言語を学ぶ学習者や、その言語のネイティブ話者をコントロール(観察対象の変数とは独立した人たち)にとり、バイリンガルと継承語学習者の能力や記憶に関する様々な測定が行われています。
そういった研究の中で、継承語を再び大学などで学び直す学習者はふたつのグループに分けられており、いくつかの興味深い研究結果も報告されています。
まずひとつ目のグループは ‘Heritage Listener’ と呼ばれる人たちの集団です。彼らは継承語を「話す機会がなかった」か、あるいは「話す機会があっても記憶にない」ような人たちです。継承語を話す機会がない、ということなので2歳から3歳くらいまでに移民したグループと考えて良いでしょう。
もうひとつのグループは ‘Heritage Speaker’ と呼ばれるグループで、彼らは話すレベルまでは、母語である継承語をある程度身につけていたことになります。上で例示した帰国子女のようなケースで、話すところまでは習得したが、それ以上の学習はできていない、つまり生活言語の途上で学習をストップしたケースです。
両者には、どちらともバイリンガルほどの母語の運用能力に欠ける点が共通しています。大雑把に見ると彼らの違いは、話すようになってから移民したか、それ以前に移民したかの差と言えるでしょう。
違いがない!!
僕は門外漢なので、それほど広範にわたって継承語について調べたわけではありませんが、いくつか代表的なものを見ていくと、彼らの発音をネイティブ話者に聞かせて明瞭度(intelligebility)を判断させる実験においては、 ‘Heritage speaker’ に軍配が上がるようです。
それはそうでしょう。幼児期のこととはいえ、少なくとも数年間にわたって当該の言葉を話していたのですから、自転車の乗り方のように、発音の仕方は体に染み付いているのではないでしょうか。その点 ‘Heritage listener’ がその、言語の調音(様々な器官を用いて音声を発すること)に慣れていないのは当然のことです。
しかし、です。ちょっとショッキングなことがあります。 ‘Heritage listener’ と ‘Heritage speaker’ における聞き取り能力のテストを行うと、彼らの知覚能力には有意な差が見られなかったのです。両者とも母語話者よりは少し劣るものの、初学者と比べて高い聞き取り能力を示したのです。
あれれ?喋ったことがなくても聞き取れるの?まるで喋ったことがなくても、少なくとも数年間話していた子たちと同じような聞き取り能力を持っている。これはスゴイことですね。ほら、
やっててよかった「パルキッズ」♪
そのほかにも、幼児期にヒンディー語を聞いて育った移民たちは、日常的にヒンディー語を使わなくなってからもヒンディー語の聞き取り能力を失っていないという報告もあります。
また、幼児期に2年ほどドイツ語を話す家庭教師につけていた子女四人が、ドイツ語と接する機会を失ってから、青年期や成人したのちに、優れたアクセントと共にドイツ語を再び習得した例などが挙げられています。
すでに述べたように、産出において ‘Heritage listener’ に課題があるのは当然ですが、この実験も継承語の授業を受け始めてわずか4ヶ月ほど経って行われたものなので、 ‘Heritage speaker’ のように数年に渡る経験を積めば、彼らと何ら遜色ない発音をできるようになることは想像に易いですし、現にそのようなレポートもあるのです。
聞いたことがあるだけの言語に対して、発音すら良くなるケースもありますが、これに関しては、ここから本稿の後半で見ていくことにします。
Perception-Production Link
さて、ここまでの ‘good news’ は、「かけ流し」を続けることが、英語を聞き続けること、つまり英語のインプットとなり、ナント!幼児期に耳にした英語の記憶は消えることなく頭の中に残っているという点でしょう。これだけでステキすぎて、英語だけではなく仏語に独語と手を伸ばしたくなりませんか?
ちなみに大人になって以降は、そうは問屋が卸しません。もちろん大人になってからでも、留学や移住などで現地語を身につけることは可能ですが、さすがに「かけ流し」だけだと2年やってもなかなか成果は上がらないでしょう。もっとも、「パルキッズ」をかけ流しているうちに、親のリスニング力も上がったという話も所々で耳にしますが、そこは我々の保証するところではありませんので、パルキッズ利用の「おまけの当たり」程度に考えてください。
しかし、幼児期に関しては母語を継承語として身につけるだけの柔軟性、あるいは音に対する敏感性があるので、かけ流しに大いに効果があることは、ここで改めていうまでもないでしょう。これが ‘good news’ です。
’good news’ があるということは ‘bad news’ もあります。上で述べたように喪失の前に継承語を「話せる」ようになっていることで、継承語を復活させたときに高い明瞭度をともなった発話が可能になる一方、「聞くだけ」だった子は改めて継承語の学習を開始した段階では、そのような能力を発揮できないことです。
すると、「話せる」ところまで育った継承語の方がどうやら良さそうです。
しかし、ここでもうひとつ ‘good news’ があります。それが “Perception-Productin Link” という考え方です。
日本語で言えば「知覚と産出の連携」とでもいうことになるのでしょう。簡単に説明すると、以下のようになります。
「言語の知覚と産出は連携している」、「知覚能力を高めるトレーニングをすると、知覚能力だけでなく産出能力も高まる傾向にある」、「逆に産出能力を高めると知覚能力も高まる」、そして「一般に、知覚能力の向上が先に訪れ、それに続いて産出能力が高まる」、また「一度学習された知覚能力と産出能力は共に消えることなく記憶に留まる」、ただし「もちろん継続的な学習がなされればそれに越したことはない」などなどです。
これに即して考えてみると、’Heritage listener’ の頭の中には、継承語が消えることなくずっと記憶されていることになります。そして、再び学習が始まると、すでにベースとなる知覚能力を持っているので、その知覚能力に相応しい産出能力を発揮できると言えます。そして、学習を継続すれば、無数の例が示すようにネイティブと紛うほどのレベルで継承語の習得が可能ということです。
「パルキッズ」で作られた英語の環境から身につけた英語力は、たとえ幼児期のその時点では発揮されることがなくとも、思春期以降に学習が再開されたときに、まずは「聞き取れる」能力として発揮され、その後「話せる」能力となり開花し、使える英語力となって結実するのです。
はじめての音にも対応できるようになる
”Perception-Productin Link” については、たくさんの論文が出ています。例えば「/r, l/の知覚力が高まりその後に産出能力の向上が見られた」、「知覚能力の向上は熟練度や年齢と共に穏やかになった」、「知覚トレーニングの後に知覚能力の向上が見られ、それに続いて産出力も向上した」、「知覚の正確さが算出の正確さとリンクしているが加齢の効果が見られた」などなどです。
ただし、付け加えておくべきは、知覚力が高まれば、必ずしも直ちに産出能力が高まるわけではなく、産出能力の高まりが一向に見られない音素もあれば、停滞する様子、あるいは逆に産出の方が知覚より優れている様子も見られたそうです。
最後の件に関してはとても興味深く、しかし同時に納得する現象で、日本人の/l, r/は練習すれば産出能力は短期で高まりますが、発音が上手だからといって必ずしも聞き取れることを意味するわけではありません。これは、僕自身も自らの英語力に関して感じる点です。
しかし、上を見ると総じて知覚能力の高まりは産出能力の高まりとリンクしており、順序としてはまず知覚能力、続いて産出能力となっています。
知覚能力 > 産出能力
日本人大学生を対象とした実験では “Perception-Productin Link” ばかりではなく、学習効果が、学習直後ではなく長期的に継続した様子が観察されています。
実験では、学生は45分ほどの/l, r/の聞き取りトレーニングを3、4週間の期間に15回ほど受けることになります。また、ここでは “high-variability” トレーニングと実験者が呼ぶところのトレーニング素材が使われているのが特徴だそうです。
ちなみに “high-variability” トレーニングに使われる素材の特徴は、特定の位置に生起するターゲット音素(例えば語頭の /lan ran/, /lead read/, /lip rip/ など)を集中的にトレーニングするのではなく、語頭や語中、語末など様々な環境に生起する学習ターゲットを、複数の様々な米語話者によって録音させることが特徴です。これにより、例えば /l, r/ などのターゲットの音素が、あらゆる場所に様々な発音で現れるので、トレーニング素材が学習されるばかりでなく、そこから汎用的、実践的な知覚力を上げることができるのが狙いだそうです。
ちょっと待ってください。1ヶ月以内に15回、1回45分ほどのレッスン、しかも不特定の話者やあらゆる環境下で音素を学べる学習といえば、「7-day English」が頭に浮かんでしまうのは僕だけではないでしょう。
「7-day English」においては20分レッスンが144セッション用意されているので、当該実験のトレーニングが延べ11時間なのに対して、なんと4倍以上の48時間のレッスンを受けられることになるのです。
もっとも、実験の方は/l, r/に限定的なのに対して「7-day English」はすべての音素を学べる点と、実験の方がお金を貰えるのに対して「7-day English」はお金を払わなくてはいけないのが違いといえば違いでしょうね。
はい、また横道に逸れました、失礼いたしました。
いずれにしても、この短期の集中的な知覚トレーニングで、学生たちは高い英語の知覚力(この実験の場合は /l, r/ 限定)を獲得していますが、その学習効果が知覚の領域を超えて産出にまで及んでいます。これは、ネイティブが聞いてその明瞭度を判断する実験で明らかになっています。
つまり、 トレーニングを受けた大学生たちは、聞き取り能力が高まったと同時に、発音まで良くなったわけです。
しかも、その学習効果が一時的ではなく少なくとも3ヶ月間は持続したことが観察されているわけです。(詳細は省いているので、興味のある方は下のリンクから参照してください。)
いかがでしょうか?なんとなく “Perception-Productin Link” がお分かりいただけたと思います。
こう考えると、産出、つまりアウトプットばかりに目が行ってしまって、知覚を育てるインプットを疎かにする「愚」は避けなくてはいけないことは明らかです。インプットが充実して知覚力が高まっていれば、アウトプットは自然と育つ能力なのです。アウトプットの練習をする暇があったら、せっせとインプット、あるいはインプットにつながるような取り組みをするべきでしょう。
しかし、です。なぜ “Perception-Productin Link” が成立するのでしょう。インプットして聞き取れるようになると、なぜ正確にアウトプットできるようになるのでしょうか?
それはモーター理論(運動理論)という理論でかなりの部分説明することができます。以下、最後に、運動理論を見ていくことにしましょう。
モーター理論
人はどうやって音声を聞き取っているのでしょうか?「聞こえるんだから仕方ないだろう」と言われてしまえばそれでおしまい。こんなこと考えること自体「おかしな人」なわけです。
しかし、なぜ音素が聞き取れるのでしょうか。日本語には19の子音(異音も含め)と5つの母音があります。
母音から見ていきましょう。英語では少なくとも9の母音があるところ、日本語は5つしかありません。アメリカ人と日本人の口や舌の形が違ったりするわけではないので、例えば日本語の「ア」と「エ」の中間に英語の /æ/ があったりするわけです。同じ母音空間を、アメリカ人の方が日本人より細かく区切っているわけです。
でも、僕が「あいうえお」と言うのと、女性が「あいうえお」と言うのと、幼児が「あいうえお」と言うのはまったく異なる音なのです。もっといえば、男性5人いれば5人とも違う音で「あいうえお」と言っています。
でも、みんな同じ「あいうえお」に聞こえる。しかも、すべて同じ「あいうえお」なのですが、「これは山田君(の声)だ」「これは田中さんだ」「これは花子ちゃんだ」と違いは区別できているわけです。
周波数(男性は100Hz程度、女性は200Hzくらい、子どもは300Hzなどなど)も、フォルマント(舌の前後と口の開き方)もみんな微妙に異なる。でも、山田くんや田中さんや花子ちゃんの「あいうえお」もちゃんと「あいうえお」に聞こえてしまう。不思議です。
もうひとつ重要なことがあります。人間はまず「ものぐさ」です。とにかく手を抜く。特に日々使っている言語においては、手を抜きまくります。
代表的な現象は、母音の無声化で、例えば「きたかぜ」というとき、少なくとも東京方言話者は傾向として「か」になるまでは声帯を振動させません。つまり /kitakaze/ の最初の /i/ と /a/ は声に出していません。皆さんも声に出してやってみてください。
なぜなら、/k/ の直後に /i/ と声帯を震わせて、それを一旦ピタッと止めて /t/ の破裂と共に声帯を振動させ、それをまたピタッと止めて /k/ の直後の /a/ で声帯を震わせるのは面倒でしょう。だから、「か」のところまでは声帯振動させないでおくわけです。
また「おばあさん」というときの「ば」の音を唇をピッタリ閉じずに発音することもよくあります。これは口を半開きの /o/ から /b/ のために一旦両唇を閉じるのを面倒くさがって完全に唇を閉じないまま、口を大きく開けて /a/ というためです。
「全員」とか「千円」というときも「ぜーいん」とか「せーえん」になったりします。素早く「5千円」というと「ご声援」と聞こえることもあります。我々はとにかく手を抜きまくり、ひとつひとつの音を正確に発音してすらいないのです。
すると…なぜちゃんと発音していない音声を正しく聞き取れるんだ?と疑問が湧きます。
そこで、出てくるのがモーター理論です。もはや多少どころか厳密さのかけらもありませんが、そのようなものだと思ってください。
赤ちゃんは耳にした音を口の中で再現しています。最初は「ぱ・ば・ま」でしょうね。生後半年もすればこれら3つの音を難なく産出できるようになります。
ところで、「ぱ」と「ば」では何が違いますか?一口に言えば、破裂と声帯振動開始までの時間(VOT : Voice Onset Time)が違います。それらの音声を「云うは易し」で、誰でも問題なく産出できます。しかし、それらは何がどう違うか説明するとなると大変ですね。
「ば」と「ま」に至っては軟口蓋を下げるか否かの違いです。軟口蓋を下げたり上げたりしてみてください。一体何のことかわからない方がほとんどではないでしょうか。
しかし、乳児ですら耳にした音声(人間が発する言語音)を、ほぼ正確に口の中で再現することができるのです。そして、幼児期から長い間かけて、聞いた音を口の中で再現する練習をすることで、様々な音声を正しく発音できるようになるのです。
すると、妙なことが起こります。発音の仕方が違っても聞こえ方さえ同じなら「それで良いじゃないか」ということになります。
英語の /r/ には ‘Bunched R’ と ‘Retroflex R’ があります(検索すればYouTubeがたくさん出てきます)。前者は下の真ん中を盛り上げるのに対して、後者は舌先を丸めるタイプです。なぜ発音の仕方が違うのか?これは耳にした /r/ を口の中で試行錯誤しながら再現する中で「あ、この音だ」と見つけた音の舌の形が、個人によって違ったということです。言い換えれば同じ(厳密には「似た」)音声はいくらでも口の中の他の場所や舌の形などの工夫で作り出すことができるのです。
腹話術士は唇をなるべく動かさないという制限のある中で、別の場所で同じ(似た)音声を出せるように工夫しているわけですね。日本語でも上の歯を見せたまま、つまりにっこりしたまま「ま行」を言う人がいますが、これも似たような仕組みです。
聞き取れないことにはモーター理論が機能しない
さて、ここで話を “Perception-Production Link” に戻します。
「なぜ知覚が産出に先行するのか?」「なぜ知覚訓練をすると産出まで上手になるのか?」
正しく知覚できた音に関しては、モーター理論が働いて正しく産出できると考えるのは極めて自然でしょう。英語の ‘think’ を ‘fink’ と発音する子はたくさんいます。アメリカ人の子ばかりでなく、日本人の子、「バルキッズ」育ちの子たちも ‘think’ の代わりに ‘fink’ を使うことが珍しくありません。
’think(歯音)’ と ‘fink(唇歯音 : 歯音より口の外側)’ は位置が近いのです。ところが、日本人には ‘think’ は ‘sink’ と聞こえることが多い。 ‘think’ は歯音で ‘sink’ は歯茎音(歯音より口の内側)です。摩擦音である点両者は似ていますが、 ‘sink’ は歯擦音とも呼ばれて摩擦音の中でも「うるさい」特徴を持っています。この音響特徴から、アメリカ人の幼児(あるいはパルキッズ)たちは ‘think’ に対して ‘sink’ でなく ‘fink’ を「あ、この音だ!」と感じるのかもしれません。
日本語には /f/ がないので、/th/ を /s/ に置き換えるのは、日本人の性と言っても良いでしょう。しかし、前述のようにパルキッズたちは、まるでアメリカ人の子どもたちのように /th/ を /f/ で置き換えるのです。すごいですねぇ。
つまり、まず!聞き取れるからモーター理論が効いて、正しい(あるいはかなり近い)音声を産出できるようになるのです。
がむしゃらに、雰囲気を真似れば良いというものではありません。正確に聞き取れるからこそ、相手が理解できるように正しく真似ることができるのです。
”Perception-Production Link” は本稿の冒頭に挙げたように “Perception before Production” とも言われたりします。
知覚が最初。その後に産出。
知覚を育てるためのインプット、つまりかけ流しでの環境づくりが最初。その後に必要に応じて産出を行えば良い。知覚能力が身についていないうちの産出練習には、(厳しめのことを書きますが)意味がないどころか、変な癖をつけてしまうという弊害すらあると、僕が長年に渡り信ずるところです。(もちろん、フォニックスなど正しい発音を学ぶための訓練をするのは別の話です。)
皆様におかれましては、是非とも「パルキッズ」の「かけ流し」からの「インプット」により英語の「知覚能力」の涵養に努めていただくことを切に望みます。幼児期のスタートで ‘Sequential Bilingual’ もしくは ‘Early Learner’ となって次々と英検に受かる子もいれば、英語が忙しさの中に埋没して継承語となることもあるでしょう。
「継承語で何が悪い?」
そうです。「パルキッズ」を卒業して高校生、あるいは大学生になったご家庭から、いつもたくさんの「近況報告」を頂戴します。「英語にはまったく苦労しなかった」「英語ができるおかげで他の教科に専念できた」「希望の大学へ進学できた」「奨学金で高校留学できた」「すべて奨学金でアメリカの大学へ通っている」などなど、継承語としての英語力を発揮している子たちの何と多いことか。
このように考えながら、「パルキッズ」に取り組みつつ、国語力や他の取り組みに力を入れればよいのです。「英語はもう大丈夫」とデーンと構え、余裕を持って英検受験に備え、あるいは英検受験に手が回らなくても、中学受験などに専念すればよろしい。結果として子どもたちは、小さい頃に母親がせっせと「インプット」してくれた英語に救われることになるのです。
産出能力保持には継続的な取り組みが効果的
さて、最後の最後ですが、軽く「継続は力なり」と申し述べておくことにします。
今回の話。かいつまめば「幼児期にインプットから身につけた知覚能力は消えない」のひと言に尽きます。もちろん、「知覚能力が育てば産出も上手になる」のは当然です。しかし、「産出は経験がなければ伸びない」ことも指摘されています。
「パルキッズ」の学習における産出は絵本の暗唱でしょう。声に出して真似してくれる子の親は嬉しいことでしょうね。しかし、声に出してくれないお子さんも(ちゃんとインプットして)知覚力が育っている限り、口の中で音をなぞっていることは、モーター理論が正しければ「斯くの如きである」といえそうです。安心して日々のインプットに励んでください。
しかし、アウトプットが産出の練習になることは間違いなく、それを継続することで産出能力が保持できることも間違いありません。
そこで、日々のインプットで知覚能力を育てることを怠らない、という前提の上で、産出の練習を暗唱などを通して継続することをお勧めします。もちろん、口に出してくれなくても構いません。口に出してくれなくても、それはインプットになっているのですから、知覚の能力をさらに育てることになるのです。
インプットを中心に適宜アウトプット。本稿が、バランスよく両者に取り組める一助となれば幸いです。
ちなみに「7-day English」や「BOB(The Book of Books)」にお取組みの皆様、「継続は力なり」ですぞ。
*参考文献
『The Perception-Productin Link in L2 Phonology(Isbel 2016)』
『Training Japanese listers to identify English .r. and .l.: Long-term retention of learning in perception and production(Bradlow et al. 1999)』
『Holding on to childhood language mamory(Oh, Jun et al. 2003)』
【編集後記】
今回の記事をご覧になった方におすすめの記事をご紹介いたします。ぜひ下記の記事も併せてご覧ください。
★英検に合格出来ない理由
★英語習得におけるアウトプットの果たす役割
★パルキッズで育つ子の英語力の本当のところ
★理解力・思考力・表現力の高い子を育てる簡単な方法
★地頭の良い子の育て方
【注目書籍】『子どもの英語「超効率」勉強法』(かんき出版)
児童英語研究所・所長、船津洋が書き下ろした『子どもの英語「超効率」勉強法』(かんき出版)でご紹介しているパルキッズプログラムは、誕生してから30年、10万組の親子が実践し成果を出してきた「超効率」勉強法です。書籍でご紹介しているメソッドと教材で、私たちと一緒にお子様をバイリンガルに育てましょう。
船津 洋(Funatsu Hiroshi)
株式会社児童英語研究所 代表、言語学者。上智大学言語科学研究科言語学専攻修士。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。