パルキッズ通信 特集 | 大量インプット, 帰国子女, 留学, 言語学, 言語獲得
2023年5月号特集
Vol.302 | 「言語」は脳のコンピュータを動かすための基本システム
言語システムのインストール・アップグレード方法
written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)
※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。
引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-2305/
船津洋『「言語」は脳のコンピュータを動かすための基本システム』(株式会社 児童英語研究所、2023年)
まずは言語システムのインストールから
『パルキッズ通信』先月号では、ヒトの脳をコンピュータに置き換えて考えてみました。脳をコンピュータに見立てることで、日本語や英語などの「言語」と「情報・技術」などの様々な知識の役割がくっきりと見えてきます。今回は主に「言語」に着目して、「言語」が脳の機能の中でどんな役割を果たしているのか見ていくことにしましょう。
前回のおさらいから始めましょう。
世界に溢れる情報を脳内に取り入れたり、取り込んだ様々な情報を処理した後にアウトプットしたりするために、まず必要なのが “OS:Operating System、基本ソフト” と呼ばれる基本システムです。この基本システムは、受け取った指令を、ただの計算機であるコンピュータに伝えて計算をさせることが仕事です。
ヒトはコンピュータに「この文字列を漢字で表現せよ」とか「この計算をせよ」とか「この写真を加工せよ」など、様々な要求をしますが、これらヒトの言語(意図)をコンピュータは理解できないので、それをコンピュータが理解できるような記号に置き換える通訳のような存在が必要になります。それがOSです。
逆方向を見ると、(映画『マトリックス』のように)ヒトはコンピュータの計算結果をそのまま理解することができません。そこで、コンピュータが弾き出した結果を人が理解できるように、ヒト言語や数字、あるいは映像や音声に置き換えて出力するわけです。コンピュータとヒトの間でコミュニケーションが取れるように仲介するのがOSというわけです。
また前号では、OSと同時に様々な知識(情報や技術)も、コンピュータのソフトやアプリなどの応用システムに例えて解釈してみました。通訳であるOSに加えて、画像・音声処理、表計算や統計などの専門的なアプリやソフトをインストールすることで、ただの計算機であるコンピュータに、様々な処理をさせることができるようになります。
ヒトの場合も同様で、四則の計算にはじまって、代数、幾何学、解析などの知識を身につける(脳にインストールする)ことで、それらの技能を使えるようになります。数学や物理学などの自然科学に限らず、人文科学も膨大な文書や知識を管理するアプリと考えることができますし、ピアノなどの楽器演奏、スキーや自転車などの運動技術、あるいはもっと日常的な料理などもアプリやソフトと考えることができるでしょう。
OSの解像度が決め手
ヒトは各々の眼前に現れている世界から、様々な情報を知覚することから始めます。知覚された情報は様々な方法(アプリ)で処理し、処理された情報を(ヒト言語として)出力することになります。
そこでまず重要なのが、いかに目の前の世界を正しく知覚するか、です。コンピュータさながらに「解像度」という言葉を使えば、目の前にある世界から1000の情報を取れる「高解像度のOS」を持っている人がいれば、わずかに50しか情報を取れない人もいます。
例えば、「街に出てみたら曇っていて寒いけれど人が多い」とだけ感じる人がいれば、さらに「交通規制が敷かれている」「アジアからの外国人が多い」などの視覚からの情報を得たり、「空気が突然冷たくなった」ので「ひと雨来るかも」と感じたりする人もいるでしょう。さらには、街中に溢れる建造物、標識などの構造物、あるいは日本語ばかりでなく英語、仏語にヒンディー語やハングルが読めれば、それらの情報も目に入って知覚することができます。
このように世の中を見る際の解像度は、人それぞれで、OSの性能が良ければより多くの情報を受け取ることができる一方、そうでない人は受け取る情報が少なくなります。受け取る情報が豊かな人は、そうでない人に比べて、周囲が「よく見える」わけです。当然、思考も深くなりますし、危機管理もできるでしょうし、さらにはより豊かな感情を持てることでしょう。
今回は、OSを担当する「言語」を中心に見ることになります。OSとしての言語をインストールする段階には2段階あります。まずは世界を知覚するための言語能力をいかに身につけ、さらにそのOSの「解像度」をどのようにして高めていくのか」、その辺りを、日本語と英語を所々引き合いに出しながら述べていくことにしましょう。
言語のインプットの2段階
さて「言語のインプット」となるとようやく『パルキッズ通信』の面目躍如たるところとなります。
すでに述べたように言語力の高さは、そのまま、世界を知覚する「解像度」の高さとなります。言い換えれば、言語力が高ければ、世の中が「よく見える」ようになるのです。
言語力を高めることが知覚力を高めることになるわけですが、その前にひとつ重要なことがあります。言語力を高めるためには、まずは言語がOSとしてインストールされていないといけないわけです。インストールされていないOSにアップデートはかけられませんよね。
つまり、言語のインプットの2段階とは、第一段階がOSのインストール、そして第二段階がOSのアップデートです。
第一段階目のOSのインストールとしての言語インプットのゴールは、音韻知識や文節能力などを身につけ、さらに知覚された情報を、思考を介さず直感的にイメージ化できる能力を身につけることです。
耳にした日本語を、即座に単語単位に切り分けて、直感的に脳が理解できるという、初期段階のOSをインストールするところからから始める必要があります。
もちろん、英語の情報を知覚できるようになりたいのであれば、英語のOSをインストールする必要があります。ここが、ほとんどの日本人ができていないところでもあります。
第二段階目のOSのアップデートとしての言語インプットのゴールは、OSの解像度を高めることにあります。
世界は様々な概念でできています。「概念」というと、なんだかわかったようなわからないような印象を受けるかもしれませんが、簡単に言えば、ものの名前と意味のセット、ひと組がひとつの概念と考えて差し支えないでしょう。
例えば、動物園に行って鼻の長い4本足の巨大な灰色の物体がゆったりと動く、それを見て「ゾウ」というと、それが「名前」で、象というグループの生物の集合がその「意味」となります。名前と意味をセットで覚えると、その対象を知覚できるようになる、というわけです。
まずはOSのインストール、そして知覚できる概念を増やしていくOSのアップデート。これが「言語のインプット」の目的です。
言語のインプットを通して、まず、視覚や聴覚、嗅覚、触覚を通して直感的に知覚できる語を増やし、その後、知覚の解像度を上げるためのOSアップデートが大切です。そして、このOSのアップデートは、コンピュータのOSアップデートのように、延々と続いていくことになります。
重要なポイントですが、OSの性能が良くなければ、優秀なアプリはインストールできませんし(基本的な情報が正しく理解されなければ、それ以上のより高度な情報を身につけられない)、優秀なアプリを持っていてもOSの精度が低ければ(正しくデータの本質を理解できなければ)、アプリの本領は発揮できません。大切なのはOSの「解像度」を高め続けることです。
それでは、引き続き、OSのインストールとしての言語のインプットと、OSのアップグレードとしての言語のインプット、の二つの側面をそれぞれ見ていくことにします。
【第一段階】OSインストール
ここがクリアできていないと何も始まりません。世界がまったく知覚できません。「まったく」と言うと語弊がありますが、言語がなければ「概念化」ができないことなります。上で述べたところの、とある対象の集合に対して、その名前と意味を一致させることができません。
つまり言語のない状態は、猿などが体験している知覚の世界に近いのかもしれません。食欲、性欲、睡眠欲などはある。もちろん、集団で生きていく上で協力したりもするし、より小さい対象に対して母性を発揮することもある。
しかし、言葉がない。
幸い、ヒトの母語習得は「放って」おいても達成されます。それは、ヒトがそのようにプログラムされているからです。これはヒト以外の生物、猿にも鯨にも許されていません。
しかし、例えば日本人にとっての英語や、あるいは母語であってもインストールに困難を伴うケースがあります。
それでは、どのようにヒトはその特権であるところの言語の習得、今月号で言えばOSインストールを達成するのでしょうか。ここでは困難を乗り越えてOSインストールに成功する3つの例を見ていくことにしましょう。
【母語】ヘレンケラーの場合
ヘレン・ケラーは病気で視覚と聴覚を奪われたが、その後、母語を獲得します。視覚と聴覚がない状態で言語を身につけるなど不可能かと思われますが、彼女はそれをやってのけます。もっとも、彼女は生まれつき視覚と聴覚を奪われていたわけではなく、1歳半頃に病気でこのハンデを背負うようになります。
ここで重要なのは、病気になる前の生後19ヶ月頃までに、ある程度母語の習得がなされていたのか、それとも7歳でサリバンに出会ってから母語を身につけたのか、という点でしょう。ここでは、わずかな語と「身振り手振り」でコミュニケートしていた7歳までの時期の経験は考慮に入れないことにします。
重要なポイントは、彼女は病気になる前に1年半ほどの期間ですが、耳も聞こえたし目も見えていたことでしょう。1歳半といえば、母語の音素の知覚はもちろんのこと、母語の音韻知識も持っています。深い思考はできないまでも、早い子であれば、日常的なことは理解し、かなり喋る時期です。
しかも、両親ともアメリカ南部の良家の出身です。召使いもいれば教育係もいたことでしょうし、何よりも良い教育を受けたご両親に恵まれていたわけです。そう考えれば、現代の平均的な1歳半の子どもに勝るとも劣らない、優れた言語環境に恵まれていたと想像することができます。
そう考えれば、わずか1年半ですが、恵まれた「言語のインプット」によって、彼女は音素や音韻の知識は言うまでもなく、音素は単語を形成し、その単語が組み合わさって文が作られることも知っていたはずです。
語には、内容語と機能語があります。内容語とは一般に言う単語のことで、上で述べたような概念を表す語です。他方の機能語とは、英語で言えば冠詞や前置詞、代名詞や助動詞などがあります。こちらは、その音(語)自体が一定の意味を表すのではなく、文法の要請を満たしたり、抽象的な関係性や話者による捉え方を表すために使用される語(形態素)群です。
日本人が英語を使いこなせない大きな理由のひとつに、英語の機能語の使用法がよくわかっていない点が挙げられます。それほど言語習得には重要な機能語ですが、おそらく、ヘレンは病気で聴覚を失う以前に、かなりのレベル(機能語は習得が難しく一般的に4・5歳まで使用法を間違い続ける)で機能語に関する知識を持っていたものと想像できます。
そして、その後サリバンの助けによって、爆発的に内容語の知識を増やしていき、同時に機能語の使用法も鋭くしていったものと想像します。その段階では耳が聞こえないので、もちろん、音声を通さず文字を通しての概念化が進むことになりますが、すでに音声・音韻知識を身につけていたわけですから、サリバンによる文字のインプットと彼女が持っていた音声・音韻知識を関連づけて学んでいったのでしょう。もっとも、もはや知る由もありませんが。
つまり、このヘレン・ケラーの体験は、母語のOSインストールは幼児期であれば、かなりの短期間で(レベルの有無・高低は別として)達成が可能であることを示唆しています。
もちろん、ヘレン・ケラーのような重荷を背負わない多くの子どもたちは、何の苦労もなく母語のOSインストールを3歳頃までには完了してしまいます。何とも幸せなことです。
さて、これは幼児期の言語習得が、いかに短期間で行われ得るのかという例示でしたが、幼児期を逃した場合のOSインストールについても触れておくことにします。母語の場合、これに該当するケースは稀なので、もう少し広く行われるケース、つまり英語OSのインストールの例を二つほど挙げておくことにします。
留学生のケース
自らの留学体験談は、すでに本誌上でも何度も触れているのですが、ご存じない方もいらっしゃるでしょうから、参照文献を示しつつ、繰り返しを厭わず披瀝することにします。
僕は高校2年の夏から1年間アメリカに留学しました。
当時は英検3級と2級の間に準2級が存在しなかったので、留学の選抜試験を受けた高校1年生の段階では、まだ英検3級しか持っていません。英検3級ですよ。なんと頼りない。
近年、文科省はメキメキと日本人の英語力を向上させていて、日本の中学生の英語力はひと昔前とは比べようもないほど向上しているようです。現在では、中学3年までに半数が英検3級並みの英語力を持っているので、当時の僕なんぞよりは、よほど英語において優秀な学生が増えています。おそらく現在の高校1年生の半数以上は、当時の僕と同等かそれより優秀で、留学の選抜試験程度であれば軽く合格できるようになっているのでしょう。日本もついにここまできたか、と密かに喜んでいるところです。
さて、また話がそれましたが、僕の体験談です。
当時の僕の英語力、つまり3級と2級の間くらいというのは、なんとも心細い英語力でした。
まず、ホストファミリーが話す英語は、わかりませんでした。さらに高校の先生や学友が話す英語もわかりませんでした。当時は「単語がわからない」と勝手に解釈していました。
ところが、そうではないことがわかります。
ある晴れた休日の午後、ポーチでぼんやりしていると、隣家のお嬢さんが訪ねてきて、僕に話しかけるのです。思い返せば3歳、いや、4歳くらいでしょうか。
ちなみに、その程度の年齢の子の持つレキシコンなど大したことはありません。おそらく、当時の僕の方が「英単語」だけ(内容語であって機能語の使用法ではないし、音声・音韻知識もありませんでしたが…)は知っていたでしょう。おそらく4000語以上は知っていたと思います。
それでも、3・4歳の幼児が話す言葉がわからなかったのです。
これはショックでした。
なんとか女の子の言わんとするところ、つまり「(当時、膝の手術で入院していたホストブラザーの)David は今どうしているんだ?」という問いを理解し、彼女に「膝が動かないので手術したあと、今、下半身を固定している」と伝えようとしまが、まったくうまくいかない。
一体どう言えば良いのやら。英語を使いこなせる今となっては簡単なことで、「膝に問題があって、手術を受けたけど大丈夫だよ。」と言えば良いだけのことです。つまり “He has a problem with his knee and got it operated, but now he’s doing fine.”。
でも、これが出てこないんです。「膝が」が頭から離れず “his knee is…” で文を始めてしまう。日本語は繋辞を使用した文(「~は(が)〇〇である」)が多く、6割とか7割がそんな文型だそうです。それに対して英語は、6~7割で一般動詞(「~が〇〇する」)を使うそうです。「ああ、’have’ とか ‘get’ とか使えばあっという間に作文できるのに」ということで、その反省から30年後に『たった80単語』とか『たった18単語』などという本を書く始末。
▶︎『たった「80単語」!読むだけで「英語脳」になる本』(三笠書房)
▶︎『たった「18単語」!読むだけで「話せる英語脳」になる本』(三笠書房)
つまり、(当時の)学校英語では、現地の英語にまるで太刀打ちできなかったわけです。
しかし、その後はヘレン・ケラー顔負けです。そのわずか3、4ヶ月後、ある日、目を覚ましてみれば、何かがおかしい。眠い目を擦りながら「ん?なぜこの人たち(ホストファミリー)は日本語を話している?」と訝るほどに、彼らの言うことが直感的にわかるようになります。
なぜそんなことが起きるのか?その説明は後段に譲るとして、いずれにしても、聞き取ろうとしなくても聞こえてしまい、考えなくても、日本語に訳さなくても理解できてしまうようになります。わずか3、4ヶ月で、英語のOSをゲットするに至ったわけです。
僕は幼児期にはまったく英語に触れていませんので、思春期を過ぎてからでも、見事に英語のOSインストールに成功した例であることは間違いないでしょう。
これは、留学生の場合ですが、もうひとつ、帰国子女に関しても触れておくことにしましょう。
帰国子女の例
さて、母語のOSインストールであれば、放っておいても、あるいはヘレンのように少なくとも1歳半くらいまでで、かなりの部分が完了することがわかりました。さらに、留学生の場合には、外国語である英語のOSインストールは3、4ヶ月でほぼ完了することも見てきました。それでは、留学生よりも英語力に優れている帰国子女の例も見ておくことにします。
後述しますが、留学生と帰国子女の英語の習得のあり方の違いが、日本の英語教育と深く関係してくることになります。
帰国子女と一口に言っても、様々なケースがあります。しかし、大抵は遅くとも中学になる前に、親と共に出国します。彼女たちは英語圏であれば、そのまま現地の学校に通い、英語圏でない場合には、英語のインターナショナルスクールに通うことが多いようです。
ちなみに、イマージョン環境での第二言語習得を研究する “SLA : Second Language Acquisition、第二言語習得、留学生や帰国子女のような外国語習得メソド” の世界では、思春期以降かそれ以前かを境に、’early learner’ と ‘late learner’ に分けています。つまり、多くの留学生は ‘late learner’ に、帰国子女は ‘early learner’ に分類されることになります。
さて、その ‘early learner’ の帰国子女ですが、話を聞くとどうも ‘late learner’ の留学生とは少々、英語習得の道のりが違うのです。
帰国子女たちは、渡米当初「英語がまったくわからない」点は留学生と一緒ですが、能動的に留学を選択し日々学校に通う留学生とは異なり、「学校がいやだった」という子が少なくないのです。
まぁ、それはそうでしょう。親の都合で無理やり知らない国に連れて行かれるわけです。小学生であれば、仲良しの友だちもいるでしょう。そんな子たちともバイバイするわけですから、必ずしも「喜び勇んで」とはならないことも理解できます。
そのように、積極的な姿勢を持たない子が多く見受けられるのと同時に、どうも留学生よりも英語を身につけるまでに時間がかかっているようなのです。あくまでも、インプレッショニスティックな(印象に基づく)聞き取りなので、データの精度は定かではありませんが、留学生のように3、4ヶ月で身につけるのではなく、1年くらいかかっているようなのです。
しかし、その後は1年で帰国してしまう留学生よりも、遥かに高い英語の知覚能力と運用力を身につけることになります。OSに言い換えると、留学生は3、4ヶ月でインストールするものの、OSアップデートが進まないうちに帰国してしまうのに対し、帰国子女たちはOSのインストールには留学生より時間をかけるものの、その後にアップデートが進み、かなりネイティブに近いレベルの英語のOSを手に入れることに成功しているようです。
さて、‘early learner’ である帰国子女たちですが、‘early learner’ であるゆえに ‘late learner’ の留学生とは極めて大きく異なる点があります。帰国子女たちは、留学生とは異なり、半分イマージョンである点が、まず挙げられるでしょう。そして、能動的でなく受動的である点も重要です。さらには、帰国子女たちは、日本の学校で英語をほぼ習っていない状態で、英語のイマージョンに移行している点も挙げられます。
ひとつずつ説明しましょう。
留学生はホストファミリーに放り込まれるので、寝ても覚めても英語漬けなのに対し、帰国子女は学校が終われば、家庭では日本語で会話することになります。つまり半分イマージョン。そのあたりも、帰国子女の英語OSインストールが、留学生のそれよりも時間がかかる一因と考えるのは筋が通っているでしょう。
加えて、留学生は英語に対して「あこがれ」を抱いたり、英語を身につけたいという「意志」を持っています。そして、学校でもせっせと英語を勉強するわけです。英語習得に対するモチベーションが高いのです。そして、当然のことながらモチベーションの高さは、インプットの多さにつながります。逆に、比較的モチベーションの低い帰国子女たちは、英語のインプットが少ないのです。
しかし、学校英語のメリットを表する立場に立ってみれば、こんなことも言えます。つまり、留学生たちは、知らず知らずのうちに学校英語の助けを使って、英語のインプットを進めていた。それにより、帰国子女より早く英語を身につけるに至った。つまり、学校英語を知っていたことが、メリットであったと言えなくもありません。
もちろん、この他にも、海外経験無くして英語を身につけてしまった「純ジャパ」と呼ばれる存在もあります。こちらに関しては、英語習得に向けての高いモチベーションを持ち、インプットが増えることで英語習得に至るのですが、そこには学校英語の助けがあることは言うまでもないでしょう。
しかし、これは SLA (純ジャパの場合は “FLA : Foreign Language Acquisition、外国語習得、学校の英語のような教育メソド” )の世界の話です。バイリンガル育児の場合には、学校英語的知識はまるでなくとも、英語のOSがインストールできることは、本誌をお読みの皆様に置かれては、あらためて言うまでもなくご理解いただいているところでしょう。
【第二段階】OSアップグレード
さて、なかなかに難しい英語OSのインストールですが、母語の日本語においてはヘレン・ケラーの例にあるように、わずか数年で達成されてしまいます。本誌をお読みのご家庭においては、あくまでも限定的なOSの性能ですが、お子様はすでに日本語を習得済み、インストール済みとなっていることは間違いありません。おめでとうございます。
日本語OSがインストール済みなのですから、現在は日本語OSのアップグレード段階の真っ只中ということになります。
繰り返しますが、この日本語OSのアップグレードは一生終わりません。歳をとって、言語が怪しくなってきても、続けなくてはいけない作業です。
OSアップグレードはひと言で言えば、世界を見る目の「解像度」を高める作業であることはすでに述べました。そのために何が必要かというと、様々な概念を知ることです。概念というのはすでに述べた通り、ある対象に関してその名前と意味をセットで覚えていくことです。
もっとわかりやすい語を使うと、この段階の作業はいわゆる「フラッシュカード」で大量に概念をインプットするようなものです。名前と対象物のイメージがあれば良いのです。もし、対象が動詞であれば少し面倒ですが、大まかに「フラッシュカードのようなもの」と考えていただければ間違いないでしょう。
さて、それでは「フラッシュカード」でインプットできるものといえば、どのようなものがあるでしょう。
抽象的な概念、「音楽、芸術、数学、物理」や「神経、気配り、思考」あるいは「経済、政治」などは、フラッシュカードにするのが難しいですよね。さらに、「脊椎動物、哺乳類、肉食獣」などの上位語もフラッシュカードにしにくい。
反対に考えると、フラッシュカードにしやすいものは限定されてきます。ひと言で言えば「下位概念」これはフラッシュカードになりやすい。例えば、動物です。哺乳類の下位概念であれば「犬、猫、象、キリン、シマウマ」、魚類や、両生類や爬虫類の下位概念もあれやこれや、数えきれないほどあります。
例えば、上野動物園であれば約300種の生き物が管理されているそうです。みなさん、いくつ言えますか?
動植物に限りません。例えば、調理道具や工具、電気部品の名前、建築道具、屋根や破風の形状、神社や寺院の造りなどなど、日々目にしている概念は枚挙にいとまがありません。
世界をより「高解像度」で知覚するためには、より多くの概念を知っていないといけません。その結果、世界がよりよく見えるようになるOSのアップグレードとなるのです。
こちらは簡単でしょう。「哺乳類」や「肉食獣」は絵にできなくても、その下位概念である「ライオン」や「ハイエナ」は絵(フラッシュカード)にできます。さらに、例えば「犬」の下位概念だけで、いくつあることやら。僕は10くらいしか言えませんが、100も知っていれば、僕などよりよほど正確に世界を知覚できることでしょう。
言語のOSアップグレードと知識のインプットとの違い
より高解像度のフィルターで、世界を知覚することを可能にするのがOSアップグレードですが、先月号の『パルキッズ通信』では、「知識のインプット」として様々な専門知識や技術を習得することは、アプリのような機能を果たすと述べました。
そして、アプリをインストールすれば、こちらも様々なものが見えてくるようになります。例えば、政治経済などの専門知識があれば、ニュースなどを見聞きしても知覚できる情報量はまったく違いますし、操船技術を身につければ、天気のことも知覚できるようになります。
その辺りを、少しだけ整理することにしましょう。
まず、目の前にある世界をどれだけ細かく知覚するのかがOSの精度です。フラッシュカードで入るような概念をとにかくたくさん入れておけば、目に入ったり耳に入ったりする情報が、知覚のフィルターに引っかかることになります。このフィルターの目の荒さが「解像度」です。
知覚された情報は、その後に、アプリなどに送られ、そこで処理されます。アプリで処理されるような情報や技術などの知識は、当然のことながら、OS側のフィルターも通っているので、OSの「解像度」のフィルターにも引っかかるようになっています。
しかし、これらの情報は、OSで知覚されるような情報とは異なり、単なる名前と意味のペアである概念よりももっと複雑な内容を持っています。
例えば、「ライオン」「虎」などは名前と意味のセットで事足りますが、「哺乳類」「肉食獣」となると、それぞれより深い理解が必要となります。
OSの解像度を高めるのは「フラッシュカード」的な絵と音さえあれば直感的にわかる知識でしたが、こちらの「知識のインプット」の方の知識は、「フラッシュカード」では表せないような、説明や理解の必要な、より専門的な知識ということになるでしょう。
英語の場合。OSインストールからOSアップデート
さて、それでは英語に関して、OSのインストール方法を確認しておくことにしましょう。
「言語のインプット」は、脳が自動的に処理を行います。考えながら、理解しながら、あるいは繰り返し訓練しながら身につけていく「知識のインプット」とは異なり、インプットすることだけで、OSとなる言語はインストールされます。
これは、重要なポイントです。
第二言語習得論では、第二言語はインプットから習得されるとしています。極端な話「いくら勉強しても第二言語は身につかないよ」そして「脳が対象となる言語を獲得するような環境を作るしかないんだよ」と言っています。
つまり、勉強するのではなく、インプットすることが大切です。
英語の勉強には、無限の時間を要します。しかし、英語OSのインプットは、有限の時間で済みます。留学生なら数ヶ月、帰国子女でも一年足らずで、帰納的に英語の体系を身につけていきます。
幼児が母語を身につけるような習得方法もあります。こちらは第二言語習得ではなく、バイリンガル育児となります。母語のOSを身につけるのに大体3年かかりますので、バイリンガル育児の方は、それと同等かそれ以上に時間がかかると思って差し支えないでしょう。
そこでは、まず一年足らずで音声・音韻知識の習得が行われます。この段階で、英語の音素とか音素の並びは理解しています。日本人が英単語を口にする際に起きがちな、母音挿入(子音の後に母音を入れる)や、音素置き換え(日本語にない音素を日本語の音素に置き換える)などの基本的な項目は、あっという間にクリアしてしまいます。
その後、語彙を豊かにし、表現のストックを増やしていきます。だんだんと状況を理解できるようになっていきます。「としお」や「ケイ」などのストーリーは理解していて、「アイキャンリード」程度の絵本もわかっています。ただし、使う機会がないので、なかなか英語は出てきません。しかし、口には出さないものの、だいたい英語はわかっているのです。
その「だいたい」わかっている英語を「しっかり」わかる英語に育てていくのが、読解力の育成です。絵本の暗唱、あるいはフォニックス・ライミング・サイトワーズドリルなどを使いながら読めるように育てれば、ヘレン・ケラーのように「音だけ」の境界の曖昧な世界から、「文字」のようにしっかり概念化できる世界へと引っ越すことができるのです。
そして、英語OSのインストールは完了です。その後は、英語OSのアップグレードを継続すれば良いわけです。念の為加えておくと、英語で「知識のインプット」をする必要はありません。知識のインプットは、日本語(母語)OSを使って行えば良いわけです。もちろん、英語しか専門書が用意されていないようなジャンルでは、知識のインプットも英語OSを通して行われるようになります。しかし、おそらく、それは大学院へ進んでからの話となるので、今は心配する必要はないでしょう。
日本語の場合。解像度を高めるOSアップグレードと知識の扉のインプット
さて、最後になりますが、これは重要なので外すわけにはいきません。
反復練習や、ちょっとやそっとの体験では、なかなかそれらは身につきません。根本的に「仕組みを理解する」ことが大切ですこれではうまく行きません。
算数にはじまり、プログラミングをやらせてみたり、あるいは自己肯定感を高めようとしたり、コミュニケーション能力を高めようとしたりするのは、おそらくアプリ感覚で子どもの脳にインストールしようとしているから起こることです。
しかし、そのインストールの仕方が問題です。反復練習や、ちょっとやそっとの体験では、なかなかそれらは身につきません。根本的に「仕組みを理解する」ことが大切です。そして、仕組みを理解するためには、高いスペックのOSが必要なのです。
まずは、たくさん概念を入れていく。これはフラッシュカードで行なってください。「パルキッズ」では「博士シリーズ」がそこを担当します。フラッシュカードで入れられるものはどんどん入れていく。そして、「知識の扉」となるキーワードもどんどん入れていきます。こちらは、「パルキッズ」では「幼児教室プログラム」が担当することになります。
早期教育にはいろいろあります。早期教育に限らず、子どもの教育には様々なものが用意されています。しかし、それらを横並びで考えるのではなく、どの取り組みがどんな役割を果たすのかを、前回に引き続き今回も考えてまいりました。
まずは「言葉のインプット」で、OSのインストールとアップグレードを行う。もちろん、外国語教育もここに入ります。そして、同時に「知識のインプット」でソフトウェアとでも呼べる応用システムをたくさんインストールしてあげる。そのためにはまず「知識の扉」をどんどんインプットし、その後は子どもたちの成長や興味に合わせて、思考や勉強、体験などを通した「知識の習得」へと誘うことが必要なのです。
【編集後記】
今回の記事をご覧になった方におすすめの記事をご紹介いたします。ぜひ下記の記事も併せてご覧ください。
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【注目書籍】『子どもの英語「超効率」勉強法』(かんき出版)
児童英語研究所・所長、船津洋が書き下ろした『子どもの英語「超効率」勉強法』(かんき出版)でご紹介しているパルキッズプログラムは、誕生してから30年、10万組の親子が実践し成果を出してきた「超効率」勉強法です。書籍でご紹介しているメソッドと教材で、私たちと一緒にお子様をバイリンガルに育てましょう。
船津 洋(Funatsu Hiroshi)
株式会社児童英語研究所 代表、言語学者。上智大学言語科学研究科言語学専攻修士。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。