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2010年11月号特集

Vol.152 | 新刊・先読み企画

「ローマ字で読むな!」ってどういうこと?

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。

引用・転載元:
http://palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1011/
船津洋『子どもはどうしてコトバを身につける?』(株式会社 児童英語研究所、2017年)


 日頃から、知らず知らずのうちにお世話になっている「ローマ字」。テレビを観れば、CMには企業名がローマ字で書かれているし、雑誌を開けばローマ字をたくさん発見できます。パスポートなどでも、ローマ字で名前を記入しますし、もちろん住所をローマ字で書くこともあります。
 さらにもっと身近なところでは、パソコンを使う場合にいろいろ文字を打ち込みますよね。その文字入力は、ローマ字ですか?それとも「かな」ですか?僕は入力のスピードを重視しているので、かな入力をマスターしましたが、ほとんどの方はローマ字で入力されているのではないでしょうか?
 そんな身近なローマ字ですが、これが私たちの英語力の向上の足を引っ張っているとしたら、どう思いますか?
 それでは今回は、ローマ字と英語力の関係についてみて参りましょう。


| そもそもローマ字って?

 ローマ字の歴史は古く、戦国時代にポルトガル人が日本語を彼らにも分かるような音表記のシステムを使って仮に表記したモノです。ポルトガル人は、カナを読めませんから、そこで彼らに馴染みの深いアルファベットを使ったのです。
 そこから時代が下って、明治になると、今でも私たちが使っているヘボン式ローマ字が作られます。ヘボン式は比較的音に忠実ですので、今でもパスポートの表記などはヘボン式が使われています。
 しかし、音に忠実な分、少し見た目が悪いのです。例えばサ行の「サシスセソ」を表すと、”sa shi su se so” となります。イ段の「シ」だけが ‘s’ ではなくて ‘sh’ になっているのです。
 実際に発音してみると分かりますが、「シ」以外のは ‘s’ と母音 ‘a u e o’ の組み合わせで「サスセソ」と発音されます。「シ」の音だけが、「シュ」に近いのです。音だけ見ればそうなのですが、確かに同じサ行の音なのに「シ」だけ例外は気持ち悪いですね。そこで、「シ」の音もサ行だから ‘si’ で表記しましょう、となったのです。これは訓令式ローマ字です。
 ただ、この ‘si’ はアルファベット読みすれば実際には「シ」の音ではありません。「スィ」となります。こんな音は日本語にはありません。でも、「まぁ仕方がなかろう」とでもなったのでしょう。ヘボン式ではなく訓令式では、実際の音と違うアルファベットが割り振られているのです。
 他にもタ行で同じことが起きています。タ行の「タテト」は ‘ta te to’ と ‘t’ と母音の組み合わせで表記できますが、「チツ」の音は、実際には‘chi tsu’となります。しかし、訓令式ではこれまた、見た目が悪いので ‘ti tu’ と ‘t’ と母音の組み合わせで表記させています。もちろんアルファベットの音とは違いますので、外国人が読むと正しく発音できません。


| 「立つ」は「入れ墨」?

 そもそも、カナを読めない外国人が日本語を読めるよう、アルファベットで代用させるために「ローマ字」というルールを作ったのですが、訓令式に至っては、この「そもそもの目的」から随分離れてしまっているのです。
 ちなみに、いくつか外国人が正しく読めない例を上げてみましょう。訓令式で綴ると「津市」は ‘tusi’ となります。これはアルファベットをローマ字読みできる日本人にすれば「つし」と読めますが、アルファベットの“正しい”読み方しか知らない外国人にすれば、「トゥスィ」と読まざるをえないのです。
 同様に「立つ」は ‘tatu’ ですので、アルファベットをローマ字読みすれば「たつ」ですが、正しくアルファベットを読めば「タトゥ」となります。まるで、入れ墨を表す ‘tatoo’ 「タトゥー」の様な発音になってしまうのです。


| 知らないのに知った気分に

 ローマ字はアルファベットを使っていながら、実際にはアルファベット読みをすると正しく読めないのです。ところが、問題はこれだけではありません。この逆もしかりでローマ字読みすると英語の音ではなくなるのです。
 私たちは小学校の国語の授業で「ローマ字」を習います。おそらく、このとき初めてアルファベットに正式に接する子が多いでしょう。しかし、このローマ字はアルファベットを使っていながら、その実、アルファベットの音を正しく教えていないのです。
 でも、子どもたちはそんなことは知りません。そこで、アルファベットをローマ字読みすることを覚えてしまうのです。
 英語学習初心者が良く混乱する音のひとつに、 ‘sip, ship’ などの ‘s, sh’ の音があります。ローマ字読みすれば ‘si’ は「シ」ですので、 ‘sip’ は「シップ」となってしまいます。‘sick’ は「シック」、 ‘six’ は「シックス」ですね。これは英語の発音ではありません。アルファベットを正しく読めば、それぞれ、「スィップ、スィック、スィックス」とならなくてはいけないのです。
 このように、ローマ字を教える時に「ローマ字はアルファベットの実際の音とは違う」というこの重大な事実を素通りしてしまうために、いざ英語の学習をスタートした時に、英語をローマ字読みしてしまうのです。
 我々はアルファベットの正しい音を知らないのですが、ローマ字を学習することで「なんだか知った気分」になってしまっているのです。


| 中学校でも教えてくれない

 さて、その後どうなるでしょうか?アルファベットの正しい読み方を知らないまま、中学で本格的に英語を習います。そこでようやく、ヘボン式の綴り方も教えてくれます。しかし、「音に忠実なヘボン式を教えてくれるから大丈夫」なのでしょうか?
 これが実は大問題なのです。
 この「大丈夫」と思ってしまうことこそが、日本人の英語下手に大きく影を落としているのです。いつまで経っても日本人が「英語を聞き取れない」と嘆き続ける原因なのです。
 アルファベットとカナは、「ローマ字」を間に挟むことによって対応出来ると思っていますが、全くそんなことはありません。アルファベットとカナは、全然違う音なのです。もちろん日本語に近い音もたくさんあり、カ行はk、マ行はm、パ行はp、バ行はbで問題なく表せます。しかし、私たちが「これがアルファベットだ」と勝手に思っている音と、実際のアルファベットの間には、随分と隔たりがあるのです。少し見ていきましょう。
 例えば、nの発音。かなの「ん」の音を表すとローマ字ではこの文字を使います。それでは「心配」と実際に口にしてみましょう。そして「ん」の音のところで、口の形がどうなっているか、確認して下さい。
 口を閉じていますよね。その音は ‘m’ の音ですよ。‘n’ ではありません。同じく「さんま、専門」などもそうです。「ん」= ‘n’ だと思っているのが、実は ‘m’ の発音をしているのです。


| 「ん」は ’n’ ではない?

 これだけではありませんよ。もう少し見てみましょう。次は「考え」と口にしてみましょう。さぁ、「ん」の時口の形はどうなっていますか?舌の位置は?
 舌は口蓋のどこにも触れていないでしょう。口の奥の方を狭くして、鼻濁音が鳴っているはずです。これは英語では ‘kangaroo, Penguin, King’ などの時に発音される音で、‘n’ の発音ではないのです。
 また、「感謝」と言ってみて下さい。この場合の「ん」の音は舌は口蓋にも触れず、鼻濁音にもなっていません。口の奥の方で鳴っているだけですね。
 これらの「ん」は ‘n’ ではないのです。実際のアルファベットの ‘n’ の発音は、舌先を上の歯と歯茎の間に押しつけて出る音です。日本語で近いのは「店内、反対」などで、最も近いのは「本塁打、県立」などの場合の「ん」の音でしょう。


| 最初から無理なモノを・・・

 もちろん、これだけではありません。母音 ‘a’ はカナの「ア」ではありません。もっと口を横に開いて、口内を狭くして、勢いよく発音されます。‘e’ も同様です。同じような口の形をして勢いよく発音します。
 日本語の「ア」は米語の短母音 ‘o’ の音に近いのです。ローマ字だと ‘o’ は「オ」ですよね。それが「ア」に近いとは、随分混乱しませんか?ちなみに、‘cat, cot, cut’ を米語発音したモノをカナに直すと「カット、カット、カット」となります。
 すなわち、英語と日本語とは発音の種類が全く違う言語なのです。その英語を「カナ」で表してみたり、逆に日本語を「ローマ字」で表すことには、最初から“無理”があるのです。そして、そこをしっかりと理解しないと、ローマ字読み =「カナ音」で、アルファベット =「英語」を読んでしまうのです。


| ‘k, a’ は「経営」でも、、、

 さらに問題をややこしくしているのが、日本語の発音の“癖”です。物事の始まり「いろは」をアルファベットの最初の文字を取って、‘ABC’「エービーシー」と言ったりしますね。この中の最初の文字 ‘a’ ですが、これどんな発音なのでしょう?
 もちろん「エー」ではありませんね。「エイ」です。しかし、日本語は「エイ」の発音を自動的に「エー」に置き換える“癖”を持っているのです。
 例えば「携帯電話」を単に「携帯」と呼ぶ場合、発音は「ケータイ」となっています。発音どころか、カナを振るなら本来「ケイタイ」となるべきところ、今や「ケータイ」と書いた方が自然な印象を与えるほどに一般的になっています。
‘a’ だけではありません。‘h, j, k’ も同様です。‘j’ は「ジェー」ではありませんし、‘k’ も「ケー」ではありません。従って、‘k, a’ を発音すれば、日本語の「経営」のように本来は「ケイエイ」となります。しかし、日本語の“癖”で「エイ」という二重母音は全て「エー」になってしまいます。従って、「経営」を発音すると「ケーエー」となるように、‘k, a’ を発音しても「ケーエー」となってしまう傾向があるのです。
 ちなみに、日本語でカナを振られる場合の「エー」と言う発音。これは英語にもありません。アメリカ人は、彼らが英語を話している限り、「エー」と言う発音をすることがないのです。アルファベットをカナ表記すると、はじめの文字からいきなり、多くのアメリカ人が生涯発音することのない音になってしまう。何とも皮肉な話ではないでしようか。


| ノートを取れないカナ発音

 それで終わりと思ったら大間違いです。二重母音になる場合の ‘o’ ですが、これも日本語の“癖”によって正しく発音されないことが多いのです。
 例えば ‘bowl’ 。調理器具のひとつで、サラダを盛ったり、何かを混ぜ合わせる時に使う深底の器です。これはすでに日本語化していて辞書にも「ボール」と載っています。
 では球技などに使用する ‘ball’ はどうなのでしょう。これもすでに日本語になっていて、辞書にも「ボール」と載っています。日本語で言えばドンブリも球も両方とも「ボール」なのですが、英語では大違いです。英語では、球は「オー」と伸ばせばよいのですが、ドンブリの方は「オゥ」と「ウ」の音が入るのです。この発音の区別がどれだけ出来ているのでしょうか。
 同様に日本語の世界では、寒い時に羽織る上着 ‘coat’ も「コート」、メモを取るための ‘note’ も「ノート」、船 ‘boat’ も「ボート」と「オー」と伸ばす音で表記されていますが、英語では全て「オゥ」の発音になります。
 これら本来は「オゥ」と発音される単語が「オー」と発音されてしまうのも日本語の“癖”によります。
 「東大」は「トウダイ」ですが、日本語で発音されると「トーダイ」になります。「総理大臣」も「ソウリ」ではなく「ソーリ」、「王様」も「オーサマ」になるのです。
 このように「オウ」の発音は、日本語では「オー」と発音することから、英語まで日本語式に自然に変換されてしまうのです。先ほどの「エイ」が「エー」になるのと併せれば「慶應大学」は、本来ならば ‘k, o’ なのですが、「ケーオー」と発音されるのは、極めて自然なことなのです。
 しかし、ここで重要なのは、これら日本語と英語はそもそも発音が違うこと、さらに、日本語にはそこに書いてある音を、その通りに読まずに勝手に変換してしまう“癖”があることなどを知らなくてはならないのです。英語は日本語と違うので、日本語の“癖”を英語に当てはめると、‘bowl’ 「ドンブリ」は ‘ball’ 「球」に、‘foal’ 「仔馬」は ‘fall’ 「秋」に、‘mole’ 「モグラ」は ‘mall’ 「商店街」になってしまうのです。


| 母音無しでは終われない日本語

 それだけではありません。日本語の音には必ず母音が必要になるのです。日頃から常に母音とセットの発音をしている日本人からすれば、子音だらけの英語の発音は、もうほとんど反生理的と言っても良いくらいでしょう。
 私たちは子音で音を留めることが出来ないのです。そして、必ず母音がくっついてしまうのです。
 例えば ‘change’ 、この単語をカナ表記すると「チェンジ」です。これは英語の発音とは随分違います。まず、「チェン」ではなく「チェィン」ですね。そして最後は ’ji’ ではなく ‘j’ です。母音 ‘i’ は不要です。‘cat’ は「キャット」ではなく、‘k’ の発音の後に、鋭く ‘a’ の発音です。「キャ」のように拗音ではありません。そして、最後は ‘to’ ではなく ‘t’ です。母音は尽きません。
 「ひも」を意味する ‘strap’ は日本語では「ストラップ」と母音が4つ付いて、4音節になりますが、英語では1音節です。‘sutorappu’ ではなく、‘strap’ なのです。


| そもそも無理なこと

 もともと日本語と英語の発音は異なる部分が多く、表記方法も日本語はかな(カナ)、英語はアルファベットと異なるところを、無理矢理アルファベットを使って日本語を「ローマ字」表記したり、逆に英語を「カナ」表記するのはかなりの部分で無理があるのです。
 私たちは、そのことを詳しく教わらないまま、中学校の英語では「文法」と「英文和訳」に終始した授業ばかりやらされるのです。
 その上、日本語には特有の癖があって、音を勝手に変換してしまう。要するに私たちが英語だと思って発音しているモノは、全く英語の発音とは異なる、「カナ化」された英語っぽいモノに過ぎないのです。
 繰り返しますが、その理由は学校で正しく英語の発音を教えないことにあります。私たちの責任ではありません。
 そして、この「アルファベットの正しい発音を知らない」と言う簡単な事実が、私たちの英語の「リスニング」を困難にしているのです。


| ないもの探し

 ひとつここは、インディー・ジョーンズにでもなった気分で想像して下さい。さて、宝探しに出かけるのですが、まず大切なことは、「何を探しているのか」を知ることですね。当たり前です。
 しかし、この当たり前のことが出来ていないとしたら?
 ここまで散々、英語と日本語の違い、アルファベットとカナ音の違いのことを書いてきましたが、アルファベットの正しい音を知らずに英語のリスニングをすると言うことは、何を探しているのか知らずに、闇雲にあちこちうろうろしているようなものなのです。
‘wanted’ を何の疑いも無しに「ウォンテッド」と読む。せっかくですから「ウォンテッド」をローマ字表記すると、‘uwonteddo’ です。試しに ‘wanted’ を辞書で引いてみて下さい。そして、そこに載っている発音記号と、上記のローマ字を比べてみて下さい。全く違うモノなのです。そして、皆さんは、この‘uwonteddo’という発音を、耳にする英文の中で見つけようとしているのです。
 もっと簡単な例は ‘cat’ です。これはカナで表せば「キャット」。これで満足しない日本人はいないでしょう。でも、このカナを「ローマ字」にしてみて下さい。‘kyatto’ です。こんな音は英語にはないのです。英語にないモノを英語だと信じて、英文の中に探し出そうとしているのです。
 仮に、5000語の英単語の語彙があったとしても、こんな調子で「カナ化」された英単語を探していては、見つかる訳がないのです。なぜなら、そんなモノは英語にはないのですから。
 要は、英語を聞き取るためには、まずは英単語の正しい音を知らなくてはいけないのです。正しい音を知っていれば、単語の検知フィルターを持っているようなものです。次々と耳に入ってくる英文の中から、知っている単語を拾っていくことが出来るのです。


| 子供は耳から、おとなは・・・?

 幼児期に英語をスタートした子達はラッキーですね。私たちが知らず知らずのうちに身につけている、英語の「カナ音化」の回路を持たないうちに、英語を身につけてしまえるのです。
 今、小学4年生でローマ字が必修になっていますが、上のような事実を合わせ考えると、ローマ字を勉強する前に、英語の正しい音を身につけてしまった方が良さそうですね。
 では、それに間に合わなかった人たち、私たちも含め、たっぷりと英語のカナ音化の習慣が身についてしまった人たちは、英語を身につけることが不可能なのでしょうか。
 否。そんなことはありません。私たちでも、中学生でも高校生でも、十分に英語を身につけることは可能です。ただ、どのような学習をするかが大切です。
 リスニングや英会話に頼っていては、いつまで経っても堂々巡りです。正しい英語の発音を学ばなくてはいけないのです。そして、その入り口が正しいアルファベットを知ることなのです。つまりフォニックスの学習なのです。
 しかし、どうでしょう。「フォニックス」などと耳にすれば、「そんなのは子どもがやるモノ」と少しバカにする嫌いはありませんか?正しいフォニックスを知らないで英語を学び続けると言うことは、「ローマ字」からスタートして、それ以来ずっとボタンを掛け違えたままの発音知識で、英語を勉強し続けることに他ならないのです。

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 と、まぁ、こんな本を書きました。今月、フォレスト出版より「ローマ字で読むな!」(「リズム回路」が英語アタマを作る)というタイトルで出版されます。


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プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表、言語学者。上智大学言語科学研究科言語学専攻修士。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。

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