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2019年9月号特集

Vol.258 | トップダウンとボトムアップ

英語が聞き取れるための最適な習得法とは

written by 船津 洋(Hiroshi Funatsu)


プロフィール

船津 洋(Funatsu Hiroshi)

株式会社児童英語研究所 代表、言語学者。上智大学言語科学研究科言語学専攻修士。幼児英語教材「パルキッズ」をはじめ多数の教材制作・開発を行う。これまでの教務指導件数は6万件を越える。卒業生は難関校に多数合格、中学生で英検1級に合格するなど高い成果を上げている。大人向け英語学習本としてベストセラーとなった『たった80単語!読むだけで英語脳になる本』(三笠書房)など著書多数。


英語が聞き取れないから信じられない

特集イメージ1 なぜ私たち、中学校以降に英語を勉強し始めた人たちは英語を聞き取ることができないのでしょうか。もちろん、中学校から学習をスタートした人たちの中でも、英語を身につけることに成功した人たちは珍しい存在ではありません。そんな人たちは英語を聞き取ることができるようになっています。
 しかし、私たちのほとんどは英語を聞き取れるようにはなりません。それによって、様々な誤解が生じる結果となっています。
 「聞き取りの練習が必要である」とか、「ネイティブと話す機会を持つ必要がある」など、英語を身につけるに当たって、また英語を聞き取れるようになるに当たって、必ずしも必要ではない項目に関心が集まってしまっています。そして、それらの誤った考え方が、大人(中学生以降)の英語学習だけに留まれば被害も少なくないのですが、小学生や幼児の英語学習にまで広がってしまっているのが現在の姿です。
 つまり、誤解に基づいた判断によって、幼児あるいは小学生(さらには親の私たち自身)の英語学習の選択をしてしまっているのです。
 「英語を聞き取れる」ということが、どういうことだか分からないから、例えば我が子が『パルキッズ』の学習によって英語を聞き取れるようになっていても、それが信じられない、などということすら起きている始末です。


英語の聞き取りには2つの方略がある

特集イメージ2 英語の聞き取りや理解に関して、「トップダウン処理」と「ボトムアップ処理」という2つの考え方があります。英語に限定された概念ではありませんが、これを知っておくと、なぜ我々が英語を直感的に理解できないのに、幼児たちはいとも簡単に英語を使えるようになるのかが分かります。
 トップダウンの処理というのは、既有の知識を使用して言語を理解することです。
 例えば、英文を読む前に日本語で全体の文脈を理解しておいたり、あるいはそこに出てくる文法的なルールを理解しておいたり、あるいは使用される単語を予め知っておいたりして、その上で英文を理解する方略です。このように、知識から情報を意識的に探し出します。ただし、この方法では現在のところ日本人はなかなか英語を身につけるレベルに到達できていません。
 ボトムアップ処理は、音素を聞き取って、それによって構成される単語を知覚し、さらに単語の並びから文の意味を理解する方法です。アイテムを探し出すトップダウンとは異なり、探そうとしなくても無意識のうちに自然と分かってしまう処理の仕方です。文法知識がなく、乏しい語彙でも、幼児たちが日本語を理解できるのは、このボトムアップ処理をしているからです。
 留学生はこの両方の処理を行っています。しばらくの期間、「英語漬け」になることで、トップダウンだけではなく、ボトムアップ処理もできるようになるのです。
 ということで今回は、トップダウン・ボトムアップ処理と、幼児や大人の英語習得に関して、特に「聞き取り」に焦点を当てて考えてみることにしましょう。


語彙知識からのトップダウン処理

特集イメージ3 日本人でも英語を身につけた人の多くは、トップダウン処理をしています。単語の知識を増やしていけば、文中に存在する単語を見つけやすくなることは明らかではないでしょうか。例えば、外国人と話していて、彼らが “akihabara” とか “sushi” と口にすれば、それは聞き取れるわけですし、英単語でも “rice” とか “train” などと単独で発音されると聞き取れる、というわけです。
 しかし、果たしてその通りなのでしょうか。冒頭で述べたように、この方略では英語の聞き取りは困難です。それで皆さん困っていらっしゃるわけです。この要領で英単語の知識を増やしていけば「トップダウンで聞き取れるようになる」と言われても、それでは一体何語の知識があれば、英語を満足に聞き取れるようになるのか、雲を掴むような話です。
 現に英語の日常会話は、1,000~5,000語くらいで成立しています。大学入試まで体験するような日本人の英語の語彙は、軽くこのレベルは超えています。しかし、それでもほとんどの人は聞き取れるようにはなっていないわけです。
 日本に居ながらにして英語を身につける人たちとは、想像するに英検1級を持っているような英語の猛者かも知れません。英検1級ともなれば10,000語を軽く超える程の語彙を持っているはずです。それでは、逆に英単語を10,000語知っていれば、英語を聞き取れるようになるのでしょうか?それは保障はできませんので、個人的には闇雲に語彙を増やそうとする学習法はオススメしません。


音素・音韻知識からのトップダウン処理

特集イメージ4 もちろん、知っていることによって語の聞き取りのチャンスが向上することは否定できませんが、単純に語彙を豊かにするだけでは聞き取り能力の劇的な向上にはならないということが、上記のことから論理的に導けます。
 しかし、留学もせずに英語を身につける人はいるわけです。その人たちはどのように聞き取りの能力を高めているのでしょうか。
 もちろん、日本に居ながらにして英語を身につけるというのは、並大抵の努力で達成できるものではありません。そのような人たちは語彙を豊かにすることはもちろんのこと、その中で、音の学習も進めているのではないでしょうか。
 例えば、日本語に存在しない /l, f, v, th/ などの子音の発音や、日本語と英語の母音のマッピングの違いなども、辞書や様々なソースから学習していると思われます。例えば /cat, cot, cut/ の母音は、日本語の「かな」の世界ではすべて「あ」と知覚されてしまいますが、英語では区別しなくてはいけないこと等にも敏感になるはずです。
 さらに、米語においては /water/, /a lot of/ など母音に挟まれた /t/ がほぼ日本語の「ら」の音で発音される事などにも気づくはずです。
 心ある英語教師に恵まれれば、子音で終わる英語の語尾を「ハッキリと子音のみで発音しなさい」と教わるかも知れません。かく言う私も中学生時分の恩師に「母音はつけるな、子音をハッキリと発音せよ」と厳しく仕込まれたものです。それによって、自ら正しく英語を発するようになれば、同時に英語の聞き取りに際しても「子音で終わる語」に敏感になったのでしょう。
 結果として尾子音と頭母音がくっついてしまう(「子音誘引」などと呼ばれる)英語の特性に気づくことができ、それによって聞き取り能力が向上したのかもしれません。
 このように、音素や音韻の知識を豊富に持つことで、耳に入ってくる英語を聞き取りやすくなると考えることも理に適っているでしょう。
 しかし、それだけで聞き取りができるようになるのかといえば、これまた「保障できかねます」と答えざるを得ません。なぜなら、私自身高校1年生までに既にかなりの音声学・音韻論的知識を、それとは知らずに身につけていたにも関わらず、いざ留学してみると、2歳児が話していることすら聞き取れなかったのですから
、やはり、語彙や音声学的・音韻論的な知識からのトップダウン処理には限界があると考えるのが、これまた理に適っていると言わざるを得ないのです。


ボトムアップ処理とは?

特集イメージ5 さて、どうやらいくら語彙を増やしても、またいくら音声や音韻的な知識を増やしてみても、それだけでは聞き取りの能力に劇的に貢献することはなさそうですね。英語の文法知識やコンテンツに関する事前の知識を持つといったトップダウン処理はひとまず置いておくとして、英語の聞き取りに限定すれば、トップダウン処理にはある程度限界がありそうです。
 となると、英語を身につけた人たちは、どうやら「リスニングにおいてはボトムアップ処理ができるようになっている」と考えなくてはいけなくなります。
 冒頭でも簡単に触れたように、ボトムアップ処理とは、まずは音素の聞き取りから始まります。英語の音素の並び方にはルールがあるので、すべての音を聞き取れ(ら)なくても、単語を推測することができます。さらに、語順にもルールがあるので、そこから次にくる語や品詞を推測して文全体を理解するような処理のことです。
 言語によって聞き取り能力が確定する時期は異なりますが、英語圏に住む子の場合、英語の音素や語の聞き取りやそれに関する知識は、生後6ヶ月くらいで身につけるとされています。また、日本語の場合には、それより少し多く時間を要して、生後9, 10ヶ月くらいで日本語の分節ができるようになると言われています。
 つまり、英語の聞き取りは、まっさらな状態から始めても6ヶ月程度で身につけることができる能力なのです。語彙や音声学・音韻論的な知識を持っている大人(中学生以上)なら、もっと短期間である程度のリスニングができるようになっても良さそうな話ではないでしょうか。
 現に留学生などは4ヶ月くらいで、日常のことなら相手の言っていることを不自由なく理解できるようになるのです。


留学生のボトムアップ処理

特集イメージ6 私自身が留学組なので、自身の体験や他の留学生たちの様子などを合わせて考えてみると、確かにボトムアップ処理をしている節があります。
 米国への留学組がまず上手になるのが「 r 音化した /ə/」で、音声記号では[ɜr]と書きます。’bird’ や ‘firm’ などの [ɜr]の発音です。 ‘farm’ のように口を大きく開ける[ɑr]ではなく、口を半開きにして発音します。
 この音は米語に特徴的で、特徴的であるということは他の音との識別が容易です。そんなことから留学生たちはまずこの音を身につけます。つまり、発音できるようになるのです。
 また、前述の/t/が「ら」になる現象も特徴的です。こちらも、早い時期に米語らしく発音できるようになります。強調しますが、聞き取りもさることながら「発音できる」ようになっている点がポイントです。
 さらに慣用句的な表現も、そのまま丸ごと覚えていきます。このように日常的に英語の音声に晒されている中で、連続した英語の音声の中から音素や句を切り出せるようになっていくのです。
 また、子音誘引や再音節化と呼ばれる「語のくっつき現象」も上手に発音できるようになります。これは大量に英語を耳にしつつ、さらに口にすることで上手に発音できるようになり、逆に発音できるようになることによって聞き取りにも好影響を及ぼしていることが予想されます。
 音声の聞き取り実験などからは、留学生レベルでは英語の音素の正確な聞き取りはできていないことが分かっています。しかし、繰り返し耳にする慣用的な音素や語や句を使いこなせるようになることと、英語に特徴的な「くっつき現象」をマスターすることで、それこそ無意識的にボトムアップ処理ができるようになっているのでしょう。
 そして、これは日本に居ながらにして英語を身につけた人たちにも、もちろん通じています。彼らも大量の英語音声に触れたり、音読などを通して英語の音声を正しく発声したりすることなどが複合的な効果を生み、最終的にボトムアップ処理で英語の聞き取りができるようになるのでしょう。


幼児期にやってしまいがちなトップダウン処理を促す取り組み

特集イメージ7 大人になると、トップダウン処理に役立つ知識をベースに、リスニングやリーディングの集中的な反復学習によって、留学生や純ジャパ(留学経験が無いのに英語を使いこなせる学生)のように英語のボトムアップ処理ができるようになります。言い換えると、意識的な学習の先に、無意識の英語の処理が待っていることになります。
 他方の幼児たちは、意識的な学習は一切せずにボトムアップ処理だけで言語を使いこなせるようになります。これは我々大人の日本語使用に関しても同じことが言えます。
 つまり、大人でも、自分の語彙項目に無い(知らない)単語を聞けば、それを聞き取ることができます。例えば「コチンさんでは週末だけラッサムを出しているんだよ」と耳にしたとします。「コチン」も「ラッサム」も知らなくても、それを聞き取って「コチン」は店名で「ラッサム」は食品名であることは理解できるのではないでしょうか。
 また、文語文法を知らない3歳児でも、格助詞や動詞の活用を間違えることはあまりありません。当然ながら、我々大人も日本語文法の知識で以って、日本語を処理しているのではありません。つまり、言語の処理の方法、特に原始的なリスニングや句の理解という点においてはボトムアップ処理で行われるのが自然で、特に幼児の英語教育においては、そこを目指すべきなのです。
 ところが、早期英語教育、幼児向けの英語学習においてすらも、いきなり変なところから入る学習法があります。いきなりアルファベットを教えたり、フォニックスを教えたり、日本語訳を交えながらイディオムや句を教えていくやり方です。
 これはまさしく、大人でうまく行っていないトップダウン処理を促す「知識の入力」です。アルファベットを教えることは悪いことではありませんし、必要な項目です。またフォニックスも読解力を涵養する段階においては、なるべく早めに身につけさせたい技術です。  しかし、これらを入り口として、日本語を添えながら英語を学習するという方法は、英語力の根本を成すボトムアップ処理の能力を身につけさせることとは、本質的に異なるということを理解しておかなければなりません。
 特に、リスニングや理解におけるボトムアップ処理の能力を身につけさせたいのであれば、幼児が日本語を身につけるときに身の回りにある日本語の音声情報や、留学生が浴びたような大量の英語音声や大量の読解訓練などの方法によるのが本質的でしょう。


聞き取れるようになったことには気づけない

特集イメージ8 さて、話を冒頭に戻しましょう。  『パルキッズ』にお取り組みのすべてのご家庭が、順調に取り組めているわけではありません。残念ながら途中で挫折してしまうご家庭も少なからずあります。そして、おそらくそこに共通しているのは、以下の点でしょう。
 お母様なりが、我が子が英語の聞き取りができているかどうかを不安に感じ、せっかくの英語環境づくり(かけ流しによる入力)をやめてしまうというパターンです。「うちの子は聞き取れているのかしら」とそんなことばかり気になってしまい、また子どもから期待したような反応が無ければ「やっぱり分かっていない…」と判断してしまったりするのでしょう。
 もし、これが日本語のことであれば、我が子が日本語の聞き取りができているかどうか自体を不安に感じるのではなく、子どもの様子を見ながら「あ、ここを聞き取っている、反応している」あるいは「正確に発音している」などなどの判断できます。しかし、英語となると不安と疑問が募ってしまうのは、残念ですが仕方がないことかもしれません。
 人は一度身につけてしまった言語の使用を自覚することができないのです。
 皆さんは本稿を読みながら次々と理解しています。また、日常の日本語の会話でも、まるで意識しないうちに聞き取り、頭の中で理解しているのです。この一連の流れの中で「日本語のリスニング」ができているか否かを「自覚」しようとしてみてください。そんなことはできませんね。
 これと同様に、英語を身につけてしまった人は「英語が聞き取れている」ことを自覚できません。つまり、お子さんは『パルキッズ』をスタートして半年もすれば英語の聞き取りはできるようになっているのですが、それを本人が自覚することはできないのです。お子さんに「英語わかる?」と聞いても、その質問の意味が理解できないのです。
 ちなみに、皆さんも突然「日本語分かっている?」と尋ねられたら、その真意を測りかねて、面食らうばかりではないでしょうか。  トップダウンからの知覚は「聞き取れた」と意識できます。しかし、ボトムアップで聞き取れてしまう音声に関しては、これは無意識下で行われることなので、自覚できないのです。


出力を求めるなら絵本と歌

特集イメージ9 さて、今回は英語のリスニングに関わるボトムアップ処理とトップダウン処理についてみて参りました。英語のリスニングができるということがどういうことなのか、ご理解の一助となれば幸いです。
 しかし、いくら「幼児は英語を半年で聞き取れるようになる」とか「聞き取れるようになっても自覚できない」と言っても、それでも何か日々の(取り組みの)ご褒美を求める気持ちが収まらない方もいらっしゃるかも知れませんので、聞き取りのその先にある「理解と発話」を促す取り組みをさらっと紹介しておくことにします。
 『パルキッズ』の入力により、英語の聞き取り能力と直感的な理解力は身につきますが、出力に至らないことが少なくありません。なぜなら出力には切っ掛けが必要だからです。
 その切っ掛けとして最も有効に作用するのは、実は「絵本」と「歌」なのです。
 赤ん坊たちは日常的な母親の語りかけにより、日本語の聞き取りと直感的な理解ができるように育ちますが、それだけだと分節能力に関しては問題なく身につくとしても、語彙やさらに複雑な文やシチュエーションの理解力に結びつくのに時間がかかります。するとなかなか日本語が出てきません。
 日常的な会話だけでも「おっぱい」「ママ、パパ」「いただきます」「ごちそうさま」などルーティンに関する間投詞は使えるようになるものの、さらに豊富な語彙の獲得にはなかなか結びつかないのです。
 しかし、絵本をたくさん与えたり、童謡を繰り返し与えていると、子どもたちはそこから語や表現をどんどんピックアップするので、出力が豊富になるのです。
 絵本は言葉が練られているので日常会話とは異なり、リズムが良く、効率よく概念(語彙)を身につけていくことができます。世の中は概念の集合です。つまり語彙が増えるということは、世の中のことがよく分かることを意味するのです。そして、世の中のことがよく分かるようになれば、自然と発話の機会も増えます。年間50冊ぐらいは絵本を与えたいところです。
 英語も同様です。絵本をたくさん与えることで概念化(語彙化)が促されます。つまり、英語の理解が進み、出力の機会が増すわけです。
 この点は歌も同様です。しかし、視覚情報が少ない分、絵本よりは語彙化は促されません。出力においては絵本の補助として楽曲を積極的に活用すれば良いでしょう。

【編集後記】

今回の記事をご覧になった方におすすめの記事をご紹介いたします。ぜひ下記の記事も併せてご覧ください。
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引用・転載元:
https://www.palkids.co.jp/palkids-webmagazine/tokushu-1909/
船津洋「トップダウンとボトムアップ」(株式会社 児童英語研究所、2019年)

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