2016年9月号パルキッズ塾
Vol.41 | 子どもに判断させていませんか?
written by 小豆澤 宏次(Hirotsugu Azukizawa)
※本記事のテキストは引用・転載可能です。引用・転載する場合は出典として下記の情報を併記してください。
引用・転載元:
http://palkids.co.jp/palkids-webmagazine/palkids-juku-1609/
小豆澤宏次『子どもに判断させていませんか?』(株式会社 児童英語研究所、2016年)
リオデジャネイロオリンピックが終わり、次の2020年の東京オリンピックに向けて、いよいよという感じがしてきました。それにしても今回の日本選手の活躍は目覚ましいものでした。お家芸とも言える柔道を始め、前評判以上の活躍となった体操、水泳、レスリング、卓球、バドミントン、テニス、そして何と陸上競技でもメダル獲得という、良い意味で驚きの結果となりました。個人的には高校時代ラグビーをやっていたことから、7人制ラグビーに注目していたのですが、あのニュージーランドを破る歴史的大金星をあげたのには興奮してしまいました。過去ニュージーランドには15人制の試合で100点差で負けるといった屈辱を味わっている日本代表ですが、今回は7人制とはいえその雪辱を果たした形になりました。
これらの日本人選手の目覚ましい活躍は何に裏打ちされているのでしょう。それは間違いなく早期教育です。小さい頃から徹底的にエリート教育を受けてきた結果です。
小さい頃からのエリート教育が身を結んだ例としてよくとりあげられるのがメジャーリーガーのイチロー選手です。イチロー選手は3歳から野球の練習を始め、2日に1回は練習をしていたそうです。そして小学3年生の時に地元の少年団に入ると、盆暮れ正月関係なく父親と毎日練習に明け暮れたそうです。まさしく巨人の星の星一徹、飛雄馬親子を見るようですね。さて、幼少期のイチローを見てどう思いますか?「かわいそう」だと思いますか?私はそうは思いません。むしろイチローは幸せだと思います。それはある目標を達成するために、親が責任を負い、結果に対してコミットして、とことん我が子に付き合ってくれているからです。
| 子どもに判断させる方がかわいそう
さて、パルキッズをご検討している方からこういった質問をいただくことがあります。それは「子どもがやりたいと言えばやらせたい」というものです。一見、子どもの意思を尊重していて素晴らしい、と思われるかもしれませんが、実はこの考え方は少々危険かもしれません。
ある人気アニメでこんなお話がありました。主人公の女の子が、友だちがピアノを習っているのがうらやましく、ピアノを始めたいと母親に訴えました。母親は「うちにはピアノがないじゃない」と言うと、その女の子は「紙に書いた鍵盤で練習するからピアノを習わせて」と答えます。結局母親その子をピアノ教室に通わせるのですが、ある日、その子がピアノ教室をズル休みしていることが発覚します。母親は怒って「何でピアノ教室に行ってないの!」と言うと、その子は「だって紙のピアノじゃ面白くないもん!」と言うのです。そんな我が子に母親は「もう、しょうがない子だねえ」と言って終わるというものでした。
一見するとどこの家庭でもあるようなお話ですが、この親の判断は先の親御さんと同じ理由で危険なのです。
何が危険なのか、それはピアノ教室に通うという判断もそうですが、やめるということに関して、子どもに判断を任せています。ピアノはたしなみだから我が子の将来を左右するものではないと言われればそれまでですが、ピアノも親の責任のもと、イチローのように徹底的に親が付き合うことで初めて教育になり得ます。その積み重ねが子どもを成長させていきます。そう考えると、子どもに何かを始めさせるときは、親が慎重に判断し決断することが必要なのがわかります。ピアノの場合は始める場合に、慎重に判断しなければいけないわけですが、やらないという判断をすることもできます。しかしこれが英語になると話が変わってきます。
英語はどの子も将来必ずやらなければいけない日がきます。やらないという判断をすることはできません。いつ、どのようにしてやるのか、その判断をしなくてはいけません。子どもの将来を左右する重要な判断です。こういった判断を子どもにさせることが危険なのです。
この場合、いつ、何をするかの判断は親の専権事項として親が100%決定権を持って判断してよいのです。子どもに判断を任せる必要はありません。親が子どものために調べ、購入した教材をやらせるわけですから、子どもにNOという権利はありません。
先にご紹介したオリンピック選手やイチローのように幼少期にエリート教育を施すということに対してかわいそうだと思う方は、おそらく、英語教育は親の専権事項、子どもにNOという権利はない、と言うと少々抵抗があるかもしれません。私は、幼少期にそんな重要な判断を子どもに任せる方がかわいそうだと思うのですが…。
| 子どもの判断基準は「気分」
そもそも子どもたちは大人と違い、将来についてといった深い考えをもとに判断をしているわけではありません。英語教育を始めるときもそうですが、取り組み中の場合も同様です。例えばパルキッズのオンラインレッスンをやりたくないと子どもが言ったとしましょう。子どもは、もっと他に適切な教材や取り組み方があるからやりたくない、と言っているわけではありません。子どもたちの判断基準はその場、その時の気分です。これがいけないわけではなく、まだ論理的思考ができない年齢ですから当たり前のことなのです。お腹が空いていたり、友だちと遊びたかったり、眠かったり、テレビを見たかったり、そんな気分で判断をしています。そんな子どもに将来を左右する判断を任せることがいかに危険でかわいそうなことかがおわかりいただけるでしょう。
| 小学生の場合は?
教育は親の専権事項というお話を進めてきましたが、小学生の場合だと少々変わってきます。
小学生の場合は、学習習慣に関して親が完全にコントロールしていたところを少しずつ子どもにバトンタッチをしていく必要があります。なるべく小学生の早い段階に自律学習の習慣を身につけさせ、親の手を離れる練習をするためです。そのため、どういった教育をするのか、どんな教材を購入するのか、どんな習い事をさせるのかについては、親が決めた後に、子どもと話し合い、この教材に取り組むというコンセンサスをとるとよいでしょう。またどのように取り組むのか、そしていつ取り組むかに関しても子どもと話し合い、この時間なら取り組みを継続できるということを自分から言わせるようにしましょう。それによって子どもは自分が判断したことですから、責任が生まれます。その責任をひとつずつ果たしていくことで自律した学習習慣へとつながっていくのです。
ただ気をつけなければいけないのは、あくまでも判断をするのは親です。小学生の場合は、その教育に対してYESと言う機会を与えるのと、取り組みスケジュールに関して意見を言うスペースを与えるということです。判断を子どもに任せると大変なことになるけれど、逆に親が判断し、子どもをうまくコントロールすることで自律学習へと導くことができるのです。
今回のオリンピックでメダルを獲得した選手はもちろん、オリンピックという舞台にたつことができた選手の親御さんは、我が子を責任を持って全力でサポートし、少しずつ責任を我が子に負わせて、自律へと導くことに成功された方々です。
何もパルキッズにお取り組み中のパパ、ママに子どもをオリンピック選手に育ててくださいと言っているわけではなく、英語を始めとした将来必ずやっつけなくてはいけない課題に対して、親の判断のもと、しっかりと我が子をサポートして、少しずつ自律へと導いていっていただければと願っています。
小豆澤 宏次(Azukizawa Hirotsugu)
1976年生まれ。島根県出身。同志社大学経済学部を卒業後、米国ボストンのバークリー音楽大学に留学し、音楽家として活動。帰国後は幼児・児童向け英語教室にて英語講師を務める。児童英語研究所所長・船津洋氏に「パルキッズ理論」の指導を受け感銘を受ける。その後、英語教室の指導教材を「パルキッズ」へと全面的に変更。生徒数を大きく伸ばすことに成功する。児童英語研究所に入社後は、年間1,000件以上の母親への指導を行うとともに、パルキッズのオンラインレッスンのプログラムの制作ディレクションを行う。また大人向けの英語素読教材の制作ディレクションも行う。